▼ 07

辿り付いた先の館には、あの鏡はない。まずはそれを確かめた。誰よりも。そう、自分の前を行き先導する執事よりも。
案内され玄関を開けるや否やすぐに足を踏み入れてセバスチャンを追い越す。
大丈夫だ、あの鏡はここにはない。安堵して振り返り、きょとんとしている彼を見やる。
嗚呼、いつになればこの身長を越せるか。望めるならできるだけ追い越したいものだ。そして胸に導き自分の心臓音を聞かせながら安らぎの時間という、安息を与えてやりたい。フルフルと震える捨てられた子犬のような、恐怖に怯える彼を見るとその気持ちが高まった。あの時から、ずっとそうだった。
「それで怪奇現象とは・・・」
聞くと夜な夜な、誰かに見られている気がしてならないという。階段を上り下りする音も聞くとか。時間的に誰もが、草木さえしんしんと寝静まる時間帯に。
「僕は幽霊は信じないが・・・」
「悪魔や死神は信じて下さっているようですが、それは何故ですか?」
「直接見てないし、体験もしていないからだ。迷信に振り回されたりはされたくない」
「成程、合理的ですね。坊ちゃんは」
廊下を歩きながら念の為、目に映る部屋という部屋を空けて確認した。公爵の承諾済みでもあるし、この間の夜の事もあるので“鏡”というものに警戒心を抱いていた。勿論化粧室等の鏡も確認した。これらは昔からあるごく普通のものだと聞く。確かに使い古された感は、長い間そこにあるものを示されていた。
「所でセバスチャン」
散々歩き回って休憩に飲み慣れた紅茶を口に運んだ後、そう声をかける。
「一晩ログウェル公爵の屋敷に泊まる事になっているが、念の為僕と同じ部屋で寝泊りしろ」
「私は睡眠はとりません・・・」
「とりたくなる位に疲れさせてやるよ」
どういう意味か考えて、一瞬で赤面し「もう!」と顔を背ける自分の執事。その燕尾服の中には、自分の跡をたんまりとつけているのは自分とつけられたセバスチャンにしか知らない。二人だけの秘め事。また更につけてやりたい。重ねて上から、赤い跡の上から数え切れない位の花弁を散らすように。この白い陶器のような、どこまでも果てしなくつるつると滑るような肌は、口に含めるだけで恍惚に浸ることが出来る。一種の麻薬だ、彼の身体は。駄目だ、そう考えるだけで求めたくなる。
「セバスチャン」
そう言って、返事と共に顔を上げて視線を落とすセバスチャンを導く。指先をそっと自分に引いて、呼ぶと素直に近寄り跪いた。
「顔を寄せろ」
一瞬躊躇した色を見せて、すぐに顔を赤くして、客室の周りを目だけで見渡しつつ命令に従う。この時間さえも惜しいので、その細くて白く滑らかなうなじに手をかけて一気にこちらに引き寄せた。ワイシャツを抉って口をつけると、すぐにセバスチャンは身体を縮こませた。きゅっと目をつぶって吸い上げられる首筋に小さく震える。なんて可愛い生き物だ、こいつは。
「・・・・っ」
きつく、優しく吸い上げ、息さえも止めて嬌声を耐える。口を離すと一気に深い呼吸を繰り返して、艶と香りが増したセバスチャンの顔を見やると、すぐに潤んだ目を見つけた。できればこのままベッドに押し倒してやりたい。その刹那。
カッと見開いた紅茶色が周辺を見渡す。バッと周りを見渡して、ある一つの場所を凝視し始めたのだ。
「どうした?」
「視線を感じたのですが・・・」
セバスチャンが警戒と動揺を混ぜた視線で眉をひそめ見る先には、一つの姿見がある。それも恐らくずっとここにある使い古され、磨かれ、埃を定期的にふき取られているヴィンテージ調の姿見。念の為シエルはそれに布をかけるよう命令した。
「これで邪魔者はいない。慣れない部屋で緊張してしまったか?」
「う・・・それは・・・」
セバスチャンの返答は曖昧に終わった。そっとシエルに上に乗られて、ベッドの上に沈んでしまったので「それはない」と言い終える事が出来なかったのだ。


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