外科医は妄想族
俺はゆっくりと愛おしむようにその名前を呼んだ。
『……ルフィ』
サニー号の男部屋、俺は今そこに居る。
何故俺が居るかって? そんなのは簡単だ。
偶然にも近くに停泊していて、偶然にもルフィ達の船に上がるための縄ばしごがあり、偶然にもサニー号の見張り役が薬を飲んで寝てしまったので、偶然にも通りかかった俺が「無用心だ」と声をかけに来てやったわけだ。
『優しいな、俺』
まあ、そんなことは建前で、俺は目の前ですやすやと寝ているルフィを眺めていた。
そっと腕に収めてみる。 すっぽりと抱えられる細身にうっとりとしながら、俺はルフィの頭に顔を埋めた。
『…あぁ!!今日も良い匂いだ!!ルフィ!!』
胸が締め付けられる! 息が上手く出来ない! あぁ、身体が熱い!!!
そんな苦しみを表すように抱きしめた腕に力を込めて、俺は肺いっぱいに息を吸い込んだ。もちろん鼻でだ。
間違いなく至福の一時。 このままこの幸せが続けば良いのにと本気で思う(まぁ、欲を言えばそれ以上の幸せをルフィと楽しんだりしたいがな☆)
しかし、幸せな物語には障害というものが付き物だ。 ルフィと俺。愛し合う(一方的な)二人の時間は一つの足音によりぶち壊された。
「おい」
足音は不機嫌な声を俺の背中に投げ付けた。
「…あぁ?」
振り返れば、そばかすを散らした顔が俺を睨んでいた。
『誰だこいつ…』
明らかな敵意を込めて送った視線に、相手の眉間のしわも深くなる。
『俺とルフィの愛の語り合い(一方的な)を邪魔しやがって…さっさと片付けるか』
そう思い、俺は何時ものように口を開いた。
「Roo…」
しかし、ソレは成されることはなく、代わりに俺は相手の言葉に愕然とすることになった。
「俺の弟に何してんだ」
瞬間、どくりと波打つ程の動揺が全身に走る。
「…なんだと?」
「だから、俺の弟だ。可愛いだろ…じゃなくて、何してんだ!離せ!」と言う相手の声がやけに遠く、自分の鼓動がやけにでかく聞こえた。
『…お、おとうと?』
OTOUTO オトウト おとうと 弟
『…やべぇ』
まずい。まずい。 これは…まずい。 あまりのことに俺は口元を押さえる。
『なんてことだ、まさかルフィ、ルルルルルフィが…』
ルフィが弟だと!? 何だその嬉しいシチュエーション!!
『…ももももも萌える!!いたく萌える!は、鼻血が出そうだ…!!』
無防備なルフィ おねがりをするルフィ 髪を乾かしてもらうルフィ あぁ!!どれもこれも美味しく頂ける!!
くそっ、こいつそんなルフィを小さい頃から見ているのか!!しかも俺の邪魔までしやがって…狡いだろ!!
『…大体何でこんなところに』
まだ手を出して無いのに保護者登場なんてふざけるな!!
『…ん?保護者?』
保護者 保護者 保護者
もしかしてこの状況は…
『"娘さんを僕に下さい"という幻のあれか!!』
バージンロードを歩くルフィが瞼の裏に現れた。
『高らかに鳴り響く鐘!!純白のウエディングドレスに身を包んだルフィ!!その隣に佇む白タキシードのオ・レ!!…完っっっ璧だぁあぁぁ!!』
皆からの祝福がすぐ側で聞こえた気がした。
『だが…だがしかし白無垢も捨て難い!!』
白無垢から覗く可愛いらしい瞳。 赤で縁取られた小さな唇。 厳かな空間で誓う二人。
『…む、無理だ。俺にはとてもじゃないが決められることじゃない!!』
俺は…俺はどうしたら…!!
『おぉ神よ、何故今宵哀れな子羊に試練を与え給うたか…ジーザス!!』
わなわなと震える手足。 もはや流れを止めることのできない鼻からの流血。 悩み続ける俺の身体は限界だった。
気付くとルフィの兄貴との距離は一歩分遠ざかっていた。…何故だ。
『いや、そんなことはどうでもいい。今はこのチャンスをどうモノにするかを考えなければ!!』
俺は必死にこの困難とも言えるチャンスをどうするか考えた。
『とりあえず挨拶をしなければ…とにかく第一印象が決めてだ!ゼク○ーに書いてあったんだから間違いない!!』
本当はちゃんとした服装の方がいいらしいが、今は誠意でカバーするしかない。大丈夫、俺ならできる!!
「あ、お義兄さんでしたか!!初めまして、ローです!!船長兼医者です!!弟さんを僕に抱かせて下さい!!」
爽やかな笑顔。 簡潔なあいさつ。 そして"どれだけ娘を愛しているか"アピール。
さぁどうだ。完璧だろ? どんと俺にルフィを預けてくれていいんだぜ?
「いや、ただの変態だろ馬鹿野郎。とりあえず弟を離せ。」
な ん と … !!
こいつ、ゼ○シー(もちろん俺の花嫁はルフィで妄想中)の対策が効かないだと!! しかも、なんて口を聞きやがる。お義兄さんだからって俺に向かって…
「俺に向かって馬 鹿 や ロー …だと?」
やばい!! 名 前 呼 ば れ た!!
『そんな!!初対面なのに名前呼びだなんて高等テクニック!!』
俺ですら"〜屋"とか付けないと名前なんて恥ずかしくて呼べないのに!!
『いや、そんなことより名前呼びってことは好感度は悪くないはずだ!!もしやlike通り越してloveなぁ〜んて…っ!!俺、モテモテだな!!…でも俺にはルフィが!!あぁ、すみませんお義兄さん…俺には…俺には…』
辛いが伝えるしかない。 より良い関係を保つならば、俺は義弟、貴方は義兄のままでいなければならないのです…!!
「俺には…ルフィが一番なんです!!」
「死ね!!」
…気付くとオレンジ色の拳が俺の左頬にクリティカルヒットしていたのは、ベポ達には内緒にしといてくれ。
→おまけ
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