違える約束





空へ烏が一羽、飛び立った。



人気の無い、漠然とした薄野には不釣り合いな迷彩の柄が空を見上げる。

「あーぁ…約束、破っちゃったなぁ」

高く昇った太陽は暖かく、風は柔らかで、何処までものどかな風景の中、佐助は周りの薄に埋もれるようにして座っていた。


「流石にこれは怒られるだけじゃ済まないかもなぁ…ひっぱたかれたりして」


よく軽口を叩いては、主の幸村を怒らしていた自分を省みる。


『あ、ひっぱたかれることもないのか…』


もう、会うこともないのだし…と、苦笑まじりに独りごちってみれば、脳裏に幸村の顔が過ぎった。

顔を真っ赤にして怒っている顔。何かに我慢して堪える顔。その中に混じっては消える、幼い時から変わらぬ笑顔---色々な表情が思い出される。


「まったく…せわしない顔だねぇ…」


付随して映し出された記憶に懐かしさが滲んで、顔が小さく綻んだ。

一拍分の静けさ。

静かに
息を吸い込む。


『必ず帰ってこい』


朝方、幸村が任務へ向かう自分に言った言葉が、体の中で吸い込んだ空気と一緒に反芻した。


「…はは」


どこか弱々しい、乾いた笑いが空気を震わせる。


「もう、帰らないよ…」


その約束だけは守ってあげたかったんだけどなぁ…と思いながら、先程飛ばした烏の行方に目を細めた。


『なんか…へま、しちゃったみたいなんだよねぇ…』


だから、帰れない。


最後まであんたの味方で居たかった。
最期まであんたの背中を守ってやりたかった。
そう、あんたと約束したから。

命令じゃなくて約束。


『主が草ごときに約束だなんて…おかしな話だけど』

自分には大切な約束。


だけどね、旦那。
どうも俺様、旦那のこと裏切っちゃうみたいよ?


だから、旦那は---


『この裏切り者!!もうお主の顔なぞ見たくもないわ!!』


---って、怒鳴って俺の事なんて忘れちゃってよ。思い出したりしないで。決して、涙を流すようなことはしないでよね?


「旦那は、呑気に団子でも、食べてるのが、よく、似合うんだから、さ…」


給料上げろとか色々文句いっぱい言ったけど。
本当はまだまだ言いたい事が山程あるけど…。

ごめん。

ごめんね、旦那。

俺にとって、本当はそんなことどうでもいいんだ。

烏の足に付けた、主への最後の言葉が佐助の胸を満たしていく。


『…ただ』


何も残せない忍びが、気持ちを一つ残していけるならば…



貴方に仕えることのできた事実が




「…有り難き幸せ…」





佐助は烏の飛んで行った方向に頭を垂れて、静かに瞼を閉じた。




背には幾本も生える刃。
烏の行方は甲斐の国。


忍びの瞼は二度と開かない。





end





-あとがき-----

…やっちゃった(´U`)
あらゆる意味でやっちゃった。

自己満のゆくままに書いていたら、大変なことになっていました。

佐助好きの方々、すみませんでした…
わざわざ読んで下さった方々、すみませんでした…

そして、読んでくれてどうもてんきゅう。

2010.3.4
ヤマダアラタ