熟す熟さぬ未熟
橙の空に風が吹いて、真昼に比べれば幾分か涼しいと思えるそんな頃。 縁側で涼んでいれば、屋敷の何処かしこでぱたぱたと忙しない音が聞こえる。 この音を聞くたびにどこか気が引き締まる思いになる。 明日もどうかこの音が続くようにと。途絶えさせぬようにと。
『昔はこんなこと思いもしなかった…』
ただ毎日自分の尊敬すべき方を、その思想を天下に届けるために一生懸命だった。 それで十分だと、そう思っていた。
『思い出してもあまりに幼かったな』
右頬にすっと手を添える。 そこにはおおよそ外気と変わらぬ温度があるだけだが、何故だか温かい気がした。自身の体温でも、茹だる空気の熱でもない温かさ。
『いや、まだ未熟か』
迷えば何時もこの頬が引き戻してくれる。 必ず光へと導いてくれる。 これに頼ってるうちはまだまだと、お館様に渇を頂きそうだと苦い笑いが溢れた。
「大将ー、ごはんできたよ…って何変な顔してんの?」
夕陽と同じ髪をした忍が怪訝な顔をして近づいてくる。
「変な顔とは…また言うな、お前は」
「一人で笑ってんだもんよ、そりゃ変でしょ」
少し離れて隣に腰を下ろした忍がどうかしたの?と此方の顔を覗いてくる。 その顔が忍にしてはあまりに穏やかで、この乱世には似合わないものだから何だか可笑しくて笑ってしまった。
「ちょっと、なに人の顔見て笑ってんのさ」
失礼だなと言いながらも困ったように眉を下げた忍が不憫で「いやいや、気にするな」と首を振るが、心の内でずっとその表情が続けば良いのにと思った。
いや、これは少々酷か。
だがしかし。 自分を心配するその表情が明日も見れるようにと。 次の夏も民が笑っていられるようにと。 乱世のその先まで、隣にこの存在が在るようにと…そう願う。
絵空事を願うのと変わらぬのだろうか。
子供の我儘と笑われるかもしれぬ。理想ばかりのとんだうつけと言われるかもしれぬ。
それでも。 この想いを忘れるくらいならば青臭いと笑われる方がましではないか。
ふと、隣に座ってこちらを「え、どうしたの、本当何?体調悪いの?」とおろおろと狼狽える忍を珍しいなと他人事のように見る。
『…そうだ、別に未熟でもいいではないか』
離れていた間を埋めて、すっと額に伸ばされた手に頬の温かさを思い出す。
「熱はないね…お腹痛いの?暑いからって水がぶがぶ飲むから!!も〜!!」
何も言わない俺にすっかり体調が悪いのだと思い込んだ忍は説教を始めた。
いつもと変わらぬ日常。変わらぬ温度。
実が熟すのに陽が要るならば、きっと自分にはこの温度が要るのだろう。
『なるほど、最初からわかっていたことではないか』
熟すのに必要なものは、裏を返せば熟すまで一等近くにあるもので、それが自分には今隣にいる忍だとするならば自分が熟すことは多分、きっと、無いだろう。 答えなんて大概近くに転がっている。そう何度思ったことか。
『あぁ、なんと真に自分は未熟なり』
でもこの隣に座る温度さえあれば、大丈夫だと。そう思えた。
「何にやにやしてんのさ」 「いや、もういっそお前を嫁にでも貰った方が良いのではないかと思ってな」
「…やっぱ大将熱でもあるんじゃない?」
-あとがき------ どうも毎度お久しぶりです(*´∇`*)
話どころか書き方が迷子過ぎて私もうどうしようかと思いました。
ただ一言言うならば、ヤマダは旦那の隣に佐助がいて、旦那が迷ったときには平手打ちするような真田主従が大好きです。
ではでは、楽しんで頂けたら幸いです。
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