願わくは




ぼつぽつと当たっては流れていた冷たさが、何時からか落ちた頬に留まるようになった。

頭の上に白く積もっていくそれが雪だと気づいたのは、重い目蓋を何度か動かした後だった。


『…やっべ、寝てた』


上田城の近くにある林の中で、一際高い木のてっぺん。警備がてらに眺めていたはずだったのだが、所々睡魔のお陰で記憶を飛ばしているようだ。

元から睡眠などは取らなくても動ける体だが、ろくに休んでいなければ忍だろうと体力は減る。

毎日毎日任務に家事に任務に…この際家事についてはもう何も言わないが、師走ともなれば流石に家事は疲れるのだ。

加えて雪も降る寒さに気も遠くなるというもの。

戦でもあれば緊張も手伝って疲れなど感じないだろうが、今は戦乱の世が嘘のようにどの国も動きが見られない。

それがまた不審ではあるものの、探っても探っても探っても探っても…何も出てこないのだから本当に動く気が無いようだ。


『奇人変人ばっかだけど、流石に年の瀬はゆっくり過ごしたいってやつかねぇ』


ひっきりなしに出る欠伸にそんな考えを溶かして、いまだにしばしばとする目蓋を擦った。

何はともあれ、迫る年の瀬が穏やかに迎えられそうであれば、良いことではないか。


『…まぁ、忍が平和願っちゃダメだけどね』


野望や保身が蠢いていない世の中で、忍は生きにくい。

世に溶け込むことは出来ても、所詮は忍でしかない自分達は、忍の仕事から縁を切れない。

表立って出来ない仕事なのに、普通の暮らしと変わりなくなんてできるわけもなく、忍でも人でもない中途半端な存在になるだけだ。
結局、戦乱という世界が一番生きやすいのは、忍としての定めというべきか…虚しくはないが、ただそれだけで何も無い。


『結局俺は忍以外にはなれないけど…』


重くのっしりと動かない灰色の雲から、ゆっくりゆっくり降る雪は、もう既に少しばかり景色を白くしている。

頬を掠める空気はひりひりと痛いくらい冷たいけれど、見下ろした城から漏れる光はほんのりと暖かく見えた。

ちらちらと見える下人にまじって、見覚えのある赤色が視界に映った。


「おーい!!佐助ー!!」


縁側からひょこっと顔を出した旦那が名前を呼ぶ。

正確には呼んでいるように見えるのであって、実際には聞こえていない。でも、多分あれは自分を呼んでいるのだろう。


「よく見付けるよ…」


そんな目立つところにいたつもりは居なかったけれどと、一人苦笑してしまう。

『旦那、忍にでもなれるんじゃないの?』

ふと浮かんだ考えを「いやいや、あの性格じゃ忍には向いてないな」と考え直して、とりあえず居眠りが気づかれていないことを祈りながら木を降りた。

部屋に着く頃にはすっかり眠気は飛んだけど、どこかまだ夢を見ているようなほわほわとした気持ちは心地がよくて、今この世が戦乱だと誰が思おうか。

さっきより近くなった顔が「火鉢があるぞ、早くこい」と自分を呼ぶこの瞬間を平和と言うなら、自分はきっとそれを何時までも望むだろうなんて、一人で考えて。


『まったく…忍の俺様にここまで思わせるんだから、仕事なくなったら下男で雇ってもらいますからね?』


暖かい匂いに、旦那の笑顔がきらきらと。ひりひりとした頬の冷たさはもう忘れて。


『結局忍以外にはなれないけど…』


ただ、今願わくは…


『この人の笑顔が絶えませんように』


ただそれだけを。

それだけを願わくは、願わくは。






-あとがき--------

久々!!久々に書いた!!

最近あとがきこの文句で始まるの多いなぁとか思いながら気にしない!!うそ!!すみません!!

何とはなしに書いてたんですが、今日イブですね!!内容、全然関係ないね!!

ま、いっか。話の中で雪降ってるし。大丈夫大丈夫。クリスマスっぽい(*´∇`*)

うそです、すみません…


とりあえずですね、今回も楽しんで頂けたらこれ幸いです。

ではでは。