※死ネタ
私は怖いのよ、ええ、本当に。
そう言って腕についたあのお方の印を指でなぞる彼女を思い出す。
ホグワーツ在学中から人を寄せ付けない不思議なオーラと、それでも惹かれる何かと、気高い雰囲気を纏っていた、言ってしまえば『一匹狼』のような彼女は大変優秀な生徒であった。彼女の繰り出す魔法はどれも何故かほかの生徒よりも美しく、寮を超えて年齢を、学年を超えて、生徒を、教師を、ゴーストを魅力した。
そんな彼女と初めて会話したのは僕たちがまだ5年生だった頃だと思う。
ヴォルデモート卿の切り抜きが入ったファイルを無くしてしまった事に気が付いた僕は消灯時間を過ぎた談話室へ急いだ。あまり他の人が見て好感的な物ではないから誰にも見つからないうちに、と思ったのだ。
でも談話室に来てみるとそこには紛れもなく僕のファイルと、それをソファーに足を組んで座りつまらなそうに眺める綺月の姿があった。
綺月は僕に視線をやるとまた僕のファイルに視線を戻してぽつりと一言「これは貴方のでしょう?レギュラス・ブラック。」と呟き、だってこれを持っているところを何度か見かけたことがあるもの、と聞いてもいないのに彼女は続けた。
「ファイルを返して頂けますか、仰っしゃる通りそれは僕の私物です。」
「返すわよ、こんなもの。私には持っているだけで怖いんだもの。」
「怖い?」
「私は怖いのよ、ええ、本当に。」
そう言って彼女はローブ越しに自分の腕を撫でると僕にファイルを突き付けて部屋へと戻っていった。
それ以来彼女とは全くもって縁もなくただ同じ寮で同級生という間柄でしかなかったのだが、死喰い人になってからまさかこんな形で再会するとは。
そう、彼女は僕と同じ日、同じ瞬間から死喰い人としてヴォルデモート卿についたのだ。
僕はその日の晩に彼女を捕まえて「怖いんじゃなかったのか」と聞いたら彼女はあの日と同じように「私は怖いのよ、ええ、本当に。」と答えた。そしてあの日とは違い、そのあとに「怖い物から逃げる人生も怖いの、だから怖い物の味方になって逃げる必要を減らすのよ。」と続けた。
そしてそれから1年後、彼女は珍しく僕の部屋を訪ねると唐突にまたふと「私は怖いのよ、ええ、本当に。」と呟いた。今回はその先に言葉は続かなかった。その代わり彼女は自分の腕にある死喰い人の証を指でなぞって寂しそうに笑ったのだ。
そしてその翌日、彼女は我が君の分霊箱と共に自害した。
そんな彼女を僕は思い出す
クリーチャーと乗った船の上で思い出す
自分の腕の印と、我が君の顔を思い浮かべて君を思い出す。
僕はこれから、分霊箱と共に自害するのだ。
いつかの、彼女のように。
僕達は悪に染まって悪に絶望した臆病者。
根からの闇には染まれなかった臆病者。
でもそんな臆病者な僕たちの最期は、決して臆病なんかじゃなかったって
僕はあの世で彼女に胸を張って言おう。
勇気ある臆病者達の話
(シャルマン:綺麗な、魅力的な人)
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