▼ 従者の秘密
あれから幾日が経つのかはよく覚えていないが、俺がシンドリアを訪れて一年の半分は経過しているのは定かである。
煌帝国から帰国なさったシンドバッド王にダイエットを命じられたアラジンとアリババに、一緒にお風呂に入ろうと誘われた。二人の後ろにはモルジアナも居てどうやら同じタイミングで違う風呂に入るようだ。
あの日から随分仲良くなった俺たちだが、俺はどうしても、何度誘われても彼らと共に入浴することはなかった。何故なら俺は毎日断り続けているから。
「綺月くん、どうしてそんなに僕たちとのお風呂を嫌がるんだい?」
「そうだぜ綺月。男同士なんだから恥ずかしがることも……あ、もしかして…。」
そうアリババが言えばこちらに近付いてニヤケ顔をしてくる。王族とは思えぬ気色悪さに顔を歪めるとアリババは「綺月、実はお前…女なのか?」と言い放ったので俺は耳に刺している棒状のピアスを引き抜くと魔力を注いで愛用している大鎌に変えると柄の部分でアリババをぶん殴った。 するともう一度アリババはあっ、と声をあげて俺の左腕を掴んだ。
(見えてしまったのか…。)
見えてしまったのならば言い訳は出来ぬまい、と諦めて大鎌を右手に持ち替えればアリババには案の定見えていたようで、俺の長い長い服の袖を肩まで捲りあげるのだった。
俺の右腕に現れたのは、王冠と薔薇とイバラの刺青。それは肩から肘の先まで伸びていた。
「お、お前…これって……。」
「……。」
アリババは知っているようで、俺は目を伏せる。
アラジンが「アリババくん、この刺青の意味を知っているのかい?」と聞いてそれを肯定しているのを聞いて俺は決心して口を開く。
「これは、王族の証だよ。11年前に滅びたラティアノ王国のね」
俺はラティアノ王家に生まれて直ぐに王宮の地下室に軟禁されていた。母上である女王陛下は俺を産んだと同時に亡くなったらしく、声も聞いたことがない。国王陛下……父は存命だったが顔も声も知らなかった。
だが父上は病に侵されていて余命あと僅か。次に王に即位するのは17も歳の離れた兄上であるだろうと言われており、陛下もそう公言していたが幼少期に教育を誤ったか兄上は悪逆非道の悪帝として名を馳せてしまっていた。
それを悟った父上は兄上の次に王に即位する人材として俺を地下に幽閉して『優れた国王』を創る事を考え、新生児であった俺を地下に閉じ込めたのだった。
俺の世話は全て白の女官が行っており、家族の話も女官達から聞いただけで定かではないが俺は一度だけ…父上の葬儀の際に初めて父上の顔を見たのだった。初めて見る父は痩せこけていて肌は冷え切り、目を開けることはもうなかった。
その後兄上が王座に就くと俺は兄上の意思で地下から出されたが王宮の中で軟禁されることには変わりはなかった。女官達から聞くところによれば兄上の王政は大変自分勝手で極悪非道のものであり、国民達の不信や不満や不安はギリギリまで膨れ上がっていたらしい。
そして11年前のあの日に革命は起きた。
煌帝国が我が国に攻め入ってきてそれに便乗するかのように国民達も剣を取った。
結果兄上は国民達が見守る中処刑台で首をはねられたが、国民の前に一度も姿を現した事がない俺は殺される事もなく、ラティアノ王国は王家の全滅により壊滅したとされ、大臣達や国民の同意のラティアノ王国は煌帝国に吸収されてしまった。革命後は王宮の近くで生き延びた女官と共に野宿をしていたのだが煌帝国の先代皇帝に刺青とその意味を知られてしまったのだが、女官が俺の生い立ちを説明すると殺すどころか煌帝国の王宮で保護し、育てると言ってくれて今に至る。
話し終わって三人の方を見れば三者三様の反応をしていたけれど、直ぐにアラジンが場の空気を変えるためか「秘密を知ったなら僕たちとのお風呂を断る理由はないよね!」と笑ったので「そうだな、」と笑って風呂の支度を始めた。
そういえば明日は我が幼馴染みの白龍がシンドリアへ留学しに来るらしい。半年でどこまで成長しているのかを見るのを楽しみに、俺は浴場へと向かった。
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