「あのー」
「ん?…えーと、誰だっけ」
駅前で野球関連の買い出しをしていた俺は、何度も何度も雑誌を読み返し、夢にまで見た顔を見つけて思わず声をかけてしまった。当然、相手――御幸さんは困惑している。
「あ、すいません。俺、稲城実業の」
「あー、一年生キャッチャーの多田野樹くんね」
「な、何で知ってるんすか?!」
驚く俺に、御幸さんはにやりと笑う。
「鳴から聞いてるよ」
「鳴さんが俺の話を…」
「っていうのは嘘なんだけど」
「嘘なんですか?!」
「うん、うっそー。あのな、多田野くん」
「は、はい…?」
「キャッチャーなら、ライバル校の情報収集は仕事のうちなんだぜ?だからこんなのは、常識」
御幸さんの目が真剣なそれになる。一瞬俺は怯んだ。怯んだ自分に少し苛立つ。これでは勝てない。この人に勝ちたいのに。勝たなければ、いけないのに。
「あ…そうですね。すいません…」
「まっ、まだ一年生ならしょうがねえか?俺は一年のときからレギュラーだったから普通にやってたけどー」
「自慢ですか」
「うん、まあ。それに」
「それに?」
「稲実の時期キャッチャーが無能なら俺は大助かりだし?」
またにやり、と笑う御幸さん。俺はむっときて、その、人を馬鹿にしたようなにやけ顔を軽く睨んだ。
「ん?なんか文句でもある?」
「…いえ。鳴さんが御幸さんにこだわる理由が分からないなと思って」
分からないんじゃない。何一つ適わないのを認めたくないだけだ。才能も、投手をどんなに理解しているかも、鳴さんからの信頼、も。
「え、あいつまだ俺に未練たらたらなの?それで多田野くんは俺にジェラシーみたいな?」
「ち、違いますよ!俺と鳴さんは、」
ちゃんとバッテリーに、と言おうとしたけど言葉が続かない。
ああ、図星だ。俺は何も言い返せない。言い返す権利は俺にはない。鳴さんと御幸さんだったら、どんなすごいバッテリーになるのか想像もつかない。御幸さんだったら、雅さんの代わりが務まるどころか、雅さんを押しのけて、三年間鳴さんと向き合えていたかもしれない。対等な立場で。
俺はそれが、妬ましくて羨ましいんだ。
口をつぐんでしまった俺を見て、御幸さんは困ったように頭をかいた。
「あー…多田野。悪い、言い過ぎた」
「…いえ」
「鳴はめんどくさい奴だけど、頑張れよ」
「…言われなくたって頑張りますよ」
「そっか。じゃあ俺もう帰るけど、これ」
御幸さんが一枚のメモを差し出す。差し出されるがままに俺は受け取った。目に入ったのは数字の羅列。
「?」
「情報はやれねーけど、愚痴ぐらいは聞いてやるよ」
じゃあな、と御幸さんは背を向けた。俺は、ぽかんと突っ立ったままその後ろ姿を見送った。
「あっれー、樹じゃん」
「め、鳴さん!何で」
「何でってテーピング買いに来たんだよ!エース様はオフの日でも自己管理のために働いてんの」
「そうですか…あの、今御幸さんが」
「え、一也?!なに!どしたの!」
俺は苦笑した。やっぱり御幸さんのことになると食いつきが違う。
「…何でもありませんよ」
「何だそれ!変な樹ー。…ほらさっさと帰るよ!」
「へ?」
「へ?じゃなーい!さっさと帰って投球練習付き合えって言ってんの!」
「いや、俺まだ用事が…帰ったら他のキャッチいるじゃないですか」
「馬鹿、俺の相棒は樹でしょ!他の奴じゃだめだっつうの」
だから早く、と腕を引っ張られて、俺はしょうがないなあ、と言いながら口元の緩みを必死に抑えた。
今はまだ、適わなくてもいい。俺は俺なりに、鳴さんとやっていければそれでいいんだ。
俺は、まだ握りしめたままだった一枚の紙切れを、くしゃっと丸めてゴミ箱に放り込んだ。
御幸さん、俺は、
お前にだけは負けねえ!
後日。夜のコンビニで再び御幸さんと出くわした。
「お、多田野。お前電話かけてみた?」
「いえ、かけてませんし、今後もかけるつもりはないです」
「何だ、それじゃつまんねーわ」
「…どういう意味ですか?」
「いや、あれ子供の虐待相談ダイヤルの番号だったからさ」
「最低じゃないですか!」
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鳴は自分なりに樹に歩み寄ってます。
御幸は面白がってます(^p^)←
悪気はないんだけどね!彼にはね!
何が言いたいって樹が可愛い。
タイトルは樹の心の叫び。