「伊佐敷先輩が、好きです」
「マネージャーに手ぇ出すのはご法度だろうが」
俺より低い位置にある顔が泣きそうに歪む。
「…そんな決まり、ないです」
「お前も分かってんだろ、暗黙の了解ってやつだよ」
どんなに藤原が綺麗でも、夏川が美人でも、誰も手を出さない。出してはいけない。雰囲気が変わってしまうことを恐れて。
だから俺も、例えこの二つ年下のマネージャーに密かに恋心を抱いていたとしても、その気持ちに応えてやるわけにはいかない。
「…私が辞めたら、付き合ってくれるんですか」
「そういう問題じゃねえだろ。大体藤原に殺されるっつの」
「…」
「悪い。でも、お前ならまたいい奴見つかるって」
心にもないことだって言わなきゃなんねえ。
「…伊佐敷先輩」
「ん」
そんな理由じゃなくて、私のことちゃんと振ってくれなきゃ、諦めつかなくて困っちゃいます。上目遣いに震える声。目を離せなくなる。
「だって、大好きなんです」
「…引退まで」
「え?」
「引退まで、待てるか?」
「えっ」
「引退したら、俺のものになれよ」
泣きそうになりながらもまっすぐに俺を見上げてくる凛とした視線に、俺はどうやら完全に参ってしまったらしい。
「…俺も、ずっと好きだった」
「伊佐敷先輩小湊先輩っ、お疲れ様です!タオルどうぞ」
「おーサンキュ」
「ありがと」
「じゃあ私一年生のほうも行かなきゃなので!」
「お疲れさん。…あ、ちょい待てお前」
「え?」
「汗凄いぞ」
受け取ったばかりのタオルで汗を拭ってやると、慌てたように、
「そ、それは先輩用のですよ!新しいのと替えます!」
「いや、いいって。ほら行ってこいよ。降谷もシャワー状態になってっから」
「ええ、でも…」
「大丈夫だよみょうじさん。純にとってはむしろご褒美だから」
「人を変態扱いすんじゃねえよ」
「あ、じゃあ…ほんとにすいません。ありがとうございました」
礼儀正しくぺこりと頭を下げて、大量のタオルを抱えたなまえは一年生の群れの中に入っていった。
「…仲いいね、相変わらず」
「っはあ?!誰と誰が!」
一瞬動揺する。まさか亮介の奴、気づいてんじゃねえだろうな…?
あの後、事実上は付き合ってるようなもんかもしれねえけど、引退までは俺たちはただの部員とマネージャーだからな、とよく言い聞かせておいた。嬉しそうにうんうん頷いて、がんばって秘密にします!と言ってたなまえ。
…可愛かった。今でも口元が緩む。
「何にやにやしてんの」
「えっ、あーいや何でもねえって!」
「ふーん…?まあ、いいけど」
危ねえ危ねえ。亮介の勘の鋭さはもうほぼエスパーだからな。
「一年生は元気だよね」
「降谷とお前の弟を除いてな」
「春市は奥ゆかしいから」
「あっそ…」
「あーあ、みょうじさんもみくちゃだよ」
「なっ」
「ちっちゃいからねー、デカイ男たちの間だとすぐ埋もれちゃう」
「あ、危ねえな、ちょっと助けに「あ、御幸たちが間に入った」
見ていると気が気でなく、割って入ろうとしたところに御幸と倉持が先を越した。
「なまえちゃん大丈夫か?潰れてねー?」
テメェなれなれしいんだよ御幸ィィィ!
「だ、大丈夫です…ありがとうございます御幸先輩」
「暑苦しいんだよテメェら、ちょっと落ち着け」
「だって汗ダラッダラっすよ倉持先輩!そこに救いのタオルが来たんすから!」
「テメェは袖で顔拭いてろバカ村」
「ひどくね?!」
「あ、なまえちゃん片付け?手伝うわ」
「えっいいですよそんな、御幸先輩に手伝わせるなんて…」
「いいって、バカ村が迷惑かけたし」
「俺だけじゃねえっすよ!」
「重たいだろ?ほら半分貸して」
「あ、ちょっ…」
御幸がなまえの持っていたカゴの中身を半分ひょいっと抱える。なまえがちらっと俺のほうを見た。
あーもう我慢なんねえ!
「御幸」
「はい?」
「貸せ」
返事を聞く前に荷物を奪う。
「いや、ちょ純さん…さすがに三年に持たすわけには…」
「あっちの棟に用事があんだよ。ついでだ」
「ええそうっすかー?」
じゃあお願いします、とへらへら御幸が笑う。
「オラなまえ、行くぞ」
「あ、はいっ」
「…純、分かり易すぎ」
「へっ?お兄さん、何か言いました?」
「別になにも」
「…せんぱい?」
「なんだよ」
「…ヤキモチですか?」
何言ってんだこいつ何口元緩めてんだああチクショウ可愛いんだよ!
「文句あっかよ」
「ないです!えへへ」
「にやにやすんな、馬鹿」
こつんと頭を小突いても締まらない口元。あーあ、どうやら引退まで待てるか心配なのは俺の方らしい。
自分のものだと言えたら
(こいつ、危なっかしすぎるからな)
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![](//img.mobilerz.net/sozai/1641.gif)
途中までで放置してたのを一応完成。