「倉持起きろって。次移動だぜ」
「移動?次、何だよ」
「調理実習」
「…あ、やべ」


慌てて鞄の中を探ると、予想通り、辛うじてエプロンは出てきたものの、バンダナがない。


「あーあ、バンダナねえとやらせてくんねえぜ?多分」
「だよなー…ちょ、借りてくっから先行ってろ」
「別に言われなくても先行くけど」
「うっせ黙れ」


憎まれ口を叩く御幸を置いて、隣のクラスへ行った。女子の輪の中に目指す顔を見つけて真っ直ぐ近づく。向こうも俺に気づいたのか、女子の輪から一歩抜けて少し歩み寄ってきた。


「みょうじ、バンダナ貸せ」
「うっわ偉そう。ていうか何で私。前園に借りたら?」
「いや何かゾノのは…臭そう」
「聞こえとるわアホ」


近くにいたらしいゾノがしかめっ面で俺の頭を小突く。わりいわりいと笑っておいて、とりあえず目先の問題を解決しようとみょうじを促す。


「オラ、早く出せよ。どんなでもいいから」
「もー、しょうがないな…はい、じゃあこれ」


差し出されたそれは思ったよりマシなデザインだった。青地にグレーのストライプ。これなら男子でも普通に使えそうだ。


「もっと可愛らしいのかと思ってたわ」
「え?可愛らしいのがよかった?」
「うわ、倉持ヒくでーそれは…」
「違うっつの!…やべ、もう時間ねえじゃん。後で返すから」
「次の時間私たちが調理実習だから、そのとき返してくれたらいいよ」
「遅刻すりゃええのに」


ゾノのぼそっとした呟きは軽く流しておいて、俺は調理室へ走った。結果としては余裕でセーフ。ま、俺の足で間に合わねえものなんかあるはずねえよな、と、エプロンを着ながら御幸に言うと、ばーか、と頭をはたかれた。今日はやたらと頭を狙われる日だ。痛えよ、と御幸を睨んで、バンダナをつけようと手を伸ばす。


「それ、誰に借りたんだよ」
「みょうじだけど」
「え、まじで?いいなー、仲良かったっけ?」
「あー…まあ」


去年同じクラスだったみょうじは、やたらと俺のツボにハマる奴だった。異性としてとかじゃねえんだけど。ウマが合うというか。女子特有のねちっこさがないのがいい。


「可愛いよな、みょうじさん。ゾノもちょっとデレッとしてたし」
「まじかよ?うわ、それ面白え」
「でもまあ、倉持の手付きなら俺は遠慮しますよ、っと」
「何だよ、手付きって」


そんなじゃねえっつの、と言いながらバンダナを広げると一緒にふわっといい匂いが広がって、あああいつも女子なんだよな、となぜか改めて思った。











「うわ、倉持地味に器用」
「何だよ地味にって」
「倉持くん、上手ー」
「ほんとだ、美味しそう」


料理は別に苦手ではない。まあ、マドレーヌなんて可愛らしいもん作るのは初めてだけど、要領は一緒だし。


「うし。できた」


試食室へ運んで、班のテーブルに並べる。俺の取り分として置かれた三つのうち、一つを摘まんで口に運んだ。


「我ながらうまい」
「うぜ」


そして二つをラップに包む。まだ周りが食べている中、一足先に後片付けをしていると、御幸が隣に割りこんできて、にやにやと笑った。


「誰にあげんだよ、それ」
「ばーか、誰でもいいだろが」
「よくないって。みょうじさんだろ?」
「…どうだかな」
「あーあ、早く来たらいいのにね、みょうじさん」
「あーもー、うっせえお前」
「声にいつもの覇気がないですよ、倉持くん?」


にやにやにや、と気持ち悪い笑いを止めない御幸に一発タイキックを決めると、換気のために開けた窓から、ゾノと喋っているみょうじが見えた。


「みょうじ、ちょいちょい」
「え?あー倉持。バンダナ?」
「それもあるけど。…オラ、これやるよ」


マドレーヌを窓越しに渡すと、みょうじは、きょとん、と不思議そうに俺を見つめ返してきた。


「くれるの?」
「おー」
「え、な、なんで…!倉持が食べ物くれるとか…雪でも降るんじゃ…」
「やめとけやみょうじ、腹壊すで。毒入りかもしれん」
「心配すんな。入ってんのは愛情だけだって」
「てめ御幸、変なこと言ってんじゃねえよ」
「毒だろうが何だろうが貰うけど…ありがとねー、倉持」


嬉しそうに手の中のマドレーヌを包み込むみょうじに、不覚にもどきっとする。今日の俺はどこかおかしいのかもしれない。


「あ、でも私、今から自分たちのも食べるのに」
「食い切らんかもしれんな」
「んー…あ、そうだ倉持」
「あ?」
「この時間終わったら、もっかいここ来て?」
「はあー?めんどくせ。何でだよ」
「私も倉持から貰ったの置いとくから、二人で食べ比べしよ!」


決まり、また後でね、と、みょうじが俺の肩をぽんと叩く。教室への道すがら、散々御幸にからかわれながらも、俺は軽くなる足取りを抑えることができなかった。変だ。我ながら今日の俺は変だ。きっとそのせいなんだろう、こんな気持ちになるのは。
















「ふふふ…来たね、倉持」
「感謝しろよな。わざわざ来てやったんだ…あ?お前その頭」
「え?あ!いや、ちょ、これは…」
「お前に貸したったんは予備のやつ。どっかの誰かさんが忘れとるかもしれんー言うて持って来てんぞ。健気なやっちゃろ?」
「ゾノのアホー!何で言うねん!」
「関西弁似合わんぞ」
「(いやマジでやめろってそういうの今日は!……本格的に変だろ、俺…)」






まさか、そんなはずない
(それはまるで恋してしまったかのような)












無自覚倉持。



← ‖ →
*   #
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -