「長緒アキラ、野球部です。目標は甲子園に行くことです」



都内でも指折りの進学校で、中学のときは補欠だった俺が語るには少々大きすぎる夢だったかもしれない。出会ったばかりのクラスメイトたちは一人を除いてみんな笑っていた。毎年初戦負けなのに?誰かの呟きが心にぐさっと刺さったところで、隣からちょん、と制服の袖を引っ張られた。



「ん?えっと、」
「みょうじなまえです。長緒くん」
「は、はい?」
「頑張ってね」




俺はびっくりした、初めてだったんだ。俺の夢を聞いて笑わなかった人は。真剣に応援してくれた人は。



多分、その瞬間から好きだった。

















付き合い始めたのは一年の冬だ。ある日の居残り練習のあと、たまたま靴箱で会ったんだっけ。



「長緒くん、まだ残ってたの?」
「あ…みょうじさん」
「一生懸命なのはいいけど…頑張りすぎて体壊さないようにね?」
「ん。…みょうじさんは、何やってたの」
「私は図書室で、本読んだり自習したり」
「ふーん…あ、じゃあ」
「うん?」
「一緒に帰る?もう暗いし」
「あ、うん。ありがと」



「なんか長緒くん、楽しそうだね?」
「んー?(それはみょうじさんといるからなんだけど)」
「やっぱり…」
「え(ばれてる?!)」
「部活、楽しいんだねー」
「(そっちか)あーうん、それもある」
「?他に何があるの?」
「…みょうじさんとか」
「え?」
「…」
「わ、私?」
「うん、俺、みょうじさんのこと…好き、なんだ」
「わ、わわ私も…!」
「え?」
「頑張ってる長緒くん、かっこよくて…好き」




あのときの真っ赤な顔、可愛かったな。俺の袖ぎゅって握りしめて、白い息吐いて。たまらなくなって抱きしめた体がむちゃくちゃ細くて柔らかくて。




「…じゃあ、みょうじさん」
「は、はい?」
「俺と付き合ってください」
「…うん。よろしくお願いします」




このとき俺は決めたんだ。俺の夢を笑わなかった大事な人を、絶対夢を叶えて笑顔にしてあげようって。









それ、なのに。









俺は甲子園どころか、最後まで戦うことすらできなかった。










なまえの見ている前で、みっともなくマウンドで立ちすくむ姿だけは見せたくなくて、何とか踏みとどまったけど。


試合の後、球場の外でミーティング。試合が終わった瞬間から皆泣いていた。教授も。俺も例外じゃない。もう、きっぱり野球を諦めると決めていたし、そうできるとも思ったけど…駄目みたいだ。涙が止まらない。


俺は、試合を観ていてくれていたはずのなまえに顔も見せずに、真っ直ぐ家に帰った。








何日かの間は、一睡もできなかった。ようやく寝られるようになっても、夢の中には野球をしている自分がいて。まだ夏が、高校野球が終わったんだとどうしても思えないでいた。どうやら俺の未練は断ち切れることを知らないみたいだ。
















「アキラ、お客さんよ」


母さんに呼ばれてリビングに降りていってみると、ソファにちょこんと座っていたのは。


「…なまえ」
「久しぶり、アキラ」
「ん…ごめんな、連絡もしないで」
「いいよ。大丈夫?体調とか崩してたわけじゃないんだよね?」


大丈夫、と頷いてみせる。強いて言うなら心は大怪我を負ってるけど。しばらくは野球の中継なんか見れないんだろうな。


「…本当、ごめん。ごめんな?」
「なんで謝るの」
「俺、お前のこと甲子園に連れてってやれなかった」
「いいよ、そんなの」
「もう、"頑張ってる長緒くん"じゃないけど、それでもいい?」
「…いいに決まってるよ、馬鹿」


そんなこと気にしなくていいから。頭を撫でる優しい感触に、俺は試合の日以来、初めて夏の終わりを実感した。あの日もう枯れたと思っていた涙は、一瞬遅れて溢れ出してきた。





さあ、夏に別れを告げよう
(…決勝。ちゃんと見届けて、けじめつけなきゃな)
(アキラ…私も行く。絶対行く)












初アキラ(^p^)



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