「なまえ、なまえ」
「ん?何、御幸くん」
「ちょっと買い物。ついてきてくんない?」


珍しく午後からオフの土曜、こうして私は主将と二人で買い物に行くことになった。






電車で少し遠くまで出てきて、メモを確認しながら色々な店を巡る。足りない備品の買い足しとか、部員から頼まれたものとか(俗に言うパシリと何が違うんだろうと一瞬考えてから考えるのをやめた)。ちょっと休憩しようか、と御幸くんが言って、私たちは近くのドーナツショップに入った。


「悪いね、付き合ってもらっちゃって」
「ううん、仕事だもん。御幸くんこそ、疲れてるのに…私一人でもよかったんだよ?」
「いやいや、重いモンもあるから。女子一人に任せるわけにいかねえよ」


それから15分ぐらい部活の話をして、店を出た。もうすっかり冷たくなった風に身を縮める。制服姿が駅にちらほら見えていた。あの高校って、もしかして。

どうやら御幸くんも同じことを考えたみたいで、苦虫を噛み潰したような顔でぼそっと呟いた。


「…稲城、だな」
「そうだね…」


そういえばここは稲城の最寄り駅だ。

稲城実業野球部と言えば、夏、私たち青道が決勝戦で敗れた相手。そして…



携帯がポケットの中で小さく震えて、メールの到着を知らせる。サブディスプレイに表示された名前はというと、


『成宮 鳴』


慌てて携帯を開いて、中身を確認する。


『二ヶ月ぶりに午後からオフなんだけど。そっちは?』


…私の彼氏、成宮鳴率いるスター軍団だ。




鳴とは中学が一緒で、三年生のときから付き合っている。高校が離れて、しかも鳴も私も超多忙でなかなか会えないけど、何とか続いてる、って感じ。青道の野球部員たちは、私と鳴が付き合っていることは知らない。マネージャーがライバル校のエースと付き合ってるなんて、何か体裁悪いし。多分稲実でも、知ってるのは鳴のお世話役だった原田さんだけ。

だから、いつもなら鳴のこのメールには喜んでいいところなんだけど、隣に御幸くんがいる今は、まずい。


『オフだけど、ちょっと今会えない状況…』


そう返信すると、少しも経たないうちに電話がかかってきた。御幸くんにごめん、と断ってから通話ボタンを押す。


「も、もしもし?」
『何、それ。どういうこと?』
「ちょっと今は駄目だって…!ね、後で説明するから」
『後でって?俺のオフ、次はいつになるか分かんないんだよ?』
「そ、そうだけど…」


声を潜めて話していると、御幸くんが心配そうに私の顔を覗きこんでくる。


「なまえ。何ならもう切り上げる?いるモンは買ったし」
「えっ…そんな、悪いよ」


そしたら御幸くん一人で帰ってもらうことになるし。私一人、ここに残るなんて不自然すぎる。ああもうどうしたらいいの!考え込んでいると、鳴が深いため息をついた。


『…俺は、会いたいんだけど。なまえは俺に会いたくないんだ?』
「え」
『じゃーもう切っちゃおうかなー』
「ちょ、え、待って」
『はー?何ー?』
「いまなんて…」
『もう切っちゃおうかなーって』
「ちがう、その前…」


聞き間違いじゃないのかな。今、鳴がすごく嬉しいことを言ってくれたような気がするんだけど、私の耳がおかしくなっちゃっただけかな。私の知ってる鳴は、ああいうことさらっと言えちゃうキャラじゃない。


『…会いたい、って』
「…」
『この際言うけど、俺相当お前のこと好きだかんね?!声聞くだけでも元気出るんだよ?会いたいって、いーっつも思ってんだよ?!…お前はそうじゃないのかよ』


電話越しに切なそうな鳴の声に、御幸くんの存在が一瞬思考から消えた。


「わ、私も会いたい!」
「遅いんだよ、ばーか」


え、と驚いて振り返る前
に、腕をぎゅっと掴まれて、引き寄せられる。御幸くんの驚いたような顔が少し遠ざかった。



「鳴。何やってんだよ」
「よ、一也。久々で悪いんだけど、こいつ返してもらうね?俺のだから」
「や、ちょ…馬鹿、鳴」
「あ、言ってなかったんだっけ。まあいいだろ?一也には釘刺しとかないと、狙われたら大変だから」
「何、お前ら付き合ってたの?」
「そうそう。中学からー。ね、なまえ」


もう言葉も出ない。御幸くんにばれちゃった。青道の野球部にいていいんだろうか私。


「御幸くん、ごめん…」
「それ、黙ってたことに対して?それとも、鳴と…ライバル校のエースと付き合ってることに対して?」


私が黙りこんでいると、御幸くんは困ったように笑って、ぽん、と私の頭に手を乗せた。


「御幸くん?」
「ま、どっちだっていいわ。別に、俺は気にしねえよ?鳴と付き合ってたって。けど、仲間なんだから、隠し事しねえで教えてくれたほうが嬉しかったかなー」
「ご、ごめんなさい…」
「いいからいいから。…じゃ、俺はもう帰るし。後は二人でー」


またなー鳴、と手を振って御幸くんが帰っていく。


「鳴…」
「…久しぶり。なまえ」
「あのさ、鳴。何で私がここにいるって分かったの?」
「あー、雅さんが教えてくれた。俺らの目と鼻の先で、御幸がなまえに手ぇ出してるって!」
「じょ、冗談だよね?」
「半分本気。まあ、雅さん、一也嫌いだからなー。ちょっと偏見入ってるかもね」
「もう、原田さん…」
「でも、会いたかったのはほんとだから」
「鳴…何か、キャラ違うよ今日」
「いいじゃんたまには!俺、すでに電話で相当恥ずかしいこと言ってんだからね!お前が会うの渋るから!俺より御幸がいいのかよって、ちょっとイラついたの!」


鳴がぷいっとそっぽを向く。耳が赤い。


「…やきもち?」
「…悪いかよ」
「悪くないっ」


嬉しくなって、思わず後ろからぎゅうっとしがみついて、鳴、好き、って小さく囁いた。いつもならそんなこと自分から、しかも人前で、絶対しないんだけど。鳴が、すごい勢いで腕を振りほどいて振り返って、私にキスを浴びせるのは0.5秒後の話だ。






たまには素直になってみようか
(鳴。恥ずかしいから駅前でいちゃつくな)
(ま、雅さん見てたの?!)











ツンデレ鳴が書きたかったのに
いつの間にかデレデレになってた



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