なまえは可愛い。


なまえっていうのは、今さっきまで俺に勉強を教えてくれていた人で、同じ学校の二つ上の先輩で、俺のいとこ。そしてそのなまえは今俺の目の前ですやすやと気持ちのよさそうな寝息を立てている。

何で受験生のなまえが俺の家で俺に勉強を教えていたかって、どうやら俺の中間テストの結果が芳しくなかったことを受けて、校内でも1,2位を争う才女であるなまえに母親が依頼したらしい。余計なお世話だ。


…まあ俺としては、役得、なんだけど。


俺となまえは、物心ついたときから一緒にいた。母親同士がすごく仲のいい姉妹で、父親同士も友達で、家も近所。もういつからかなんて分からないくらい昔から、俺はなまえのことが好きだ。野球を始めたのも、小学校一年生のときに知ったなまえの初恋の人が野球部だったからだし、稲実を受けたのだって、もちろんいつの間にか大好きになっていた野球のこともあるけど、決め手はなまえがいたことだった。


そんな風に俺はずっと一途になまえのことが好きなんだけど、一方のなまえは俺のことなんかアウトオブ眼中。完全に弟扱いだ。その証拠が安心しきったこの寝顔。仮にも高校生の男の部屋に二人きりとは思えないほどに無防備。こういうとき、二年の年月の壁を感じてしまう。


「…なまえの、馬鹿。何で気付かないのさ」


一人呟いて、ため息をつく。彼氏できたって嬉しそうに報告してきたり、失恋したって泣きついてきたとき、一番近くで話聞いてあげて、なまえとは真逆の一喜一憂を繰り返してきたのは俺なのに。


「…もう、言っちゃおうかなあ」


なまえはモテるのに鈍感だから、俺の気持ちなんか多分黙ってたら一生伝わらない。だったら、いっそ伝えてしまおうか。結果はどうあれ、少しでも俺のことを"男"として見てくれるなら。言ってみる価値はあるかもしれない。何より、こんなに無防備に部屋で寝られたら、健全な高校生男子には辛いものがある。キスの一つくらい、なんて邪な考えが頭をよぎってしまう。


何はともあれ、とりあえずそろそろ起きてくれないと困る。

少し乱暴にむいっと頬をつねると、いた、と小さく漏らしてなまえが目を薄く開けた。


「…ん」
「オハヨーゴザイマス。」
「樹ー…?」
「そうだよ樹だよ」
「私、寝てた」
「うん、寝てたね」
「そっか…ごめんね」


色んな意味でね、と勝手に心の中で付け足しておく。


「もう、今日はいいから」
「そう?大丈夫?」
「多分。来週また数学教えて」
「分かった。…あ、そういえばね、樹に聞いてほしいことがあって」


…嫌な予感。この話の切り出し方は、絶対に恋愛絡みだ。


「…なに?」
「この間、成宮くんに告白されちゃって」
「え?鳴さん?!」


ちょっと予想外。年下からの告白は初めてじゃないけど、まさか鳴さんなんて。あの人、そんなそぶり全く見せなかったのに。


「で、どうすんの?」
「んー…迷ってる」
「…迷ってんの?鳴さんだよ?」


先輩だからって後押しするつもりは毛頭ないけど、それにしたって鳴さんじゃ分が悪すぎる。鳴さんは野球部のエースで全国区のピッチャーで、プリンスなんて騒がれてる人だ。かたや俺は、ただのしがないブルペンキャッチャー。鳴さんからは今のところ、ほぼ壁扱い。差がありすぎる。


「でも、やっぱり年下だし」
「…はあ?」
「うまくいかないんじゃないかな」


かあ、と頭に血が昇るのを感じた。"年下だから"なんて理由であの成宮鳴と付き合うのをためらうなんて普通はありえない。それに。


「…鳴さんで駄目なら、俺はどうなるわけ?」
「え?」
「多分鳴さんよりずっとなまえのこと好きな年下の男が、今なまえの目の前にいるんだけど」


勢いに任せて、言ってしまった。なまえの大きくて茶色みのかかった瞳が大きく見開かれて俺を映している。言葉も出ない様子だ。でも顔が真っ赤になっているところを見ると、冗談だと思われているわけでも、意味を履き違えているわけでもなさそうだ。まずは、一歩前進、ってやつかな。





膠着状態ヲ打破セヨ
(とりあえず、『弟』卒業)








中途半端!




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