「雨、降りそうだねー」
「あー、だな」
「降ったら練習、休み?」
「室内でサーキットないし自主練だっつの。野球部に休みなんかねえよ」
「な、なるほど」


それにしてもやっぱり室内練習より、グラウンドに立っていたい。私今日傘ないのにな、帰りまでもつかな、というみょうじの頭を小突いて、練習終わるまでもってくんねえと困るわ、と言っておいた。












「あーあ、降ってきた」


ぽつり、と空を見上げながら亮介が呟く。つられて顔を上げると、確かに雨粒が地面を目指して降ってくるところだった。グラウンドにも染みができ始める。


「上がりか?」
「かもね…あーあ、物足りない。純、ポカリ買ってきてよ」
「今の言葉の繋がりおかしくねえか?!」

そうこうしているうちに、集合がかかる。監督が雨天終了を告げ、風邪を引かないように、という旨の短い話をしている間にも雨脚は強まってきた。

急いで部屋に戻り、タオルと着替えを持って風呂場に向かう準備をする。


そういやあいつ、帰ったのか。


ふとそんなことを思う。普段なら野球部が終わるまでには完全に帰っているはずだが、今日は野球部の上がりも早い。まだ学校にいる可能性もある。もしまだ帰ってなかったら。どんどん雨は激しくなるだろう、これから傘もなしで帰るのは厳しい。


「純、お風呂行かないの?」
「あー…悪い、先行っててくれ」


靴箱付近の傘を掴んで駆け出す。音がうるさいくらいに激しく降りつける雨は傘では防ぎきれず、汗をかいた後の体を冷やす。

玄関まで戻ってみると、困ったように空を見つめるみょうじが目に入った。


「みょうじ!」
「い、伊佐敷…?!」
「やっぱいたか」


みょうじのいた、屋根のあるところに入って傘を下ろす。驚いて俺を見る目は大きく見開いていた。


「なんで…」
「…なんか、お前がいるような気がして」
「心配して来てくれたの?」
「ばっ…!違えよ!」
「ありがと、伊佐敷」


にこ、と笑う顔はいつになく素直で、不覚にも可愛い、だとか思ってしまう。


「っ…とりあえず、これ使えよ」


持っていた傘を差し出すと、みょうじは困惑したような表情を浮かべた。


「え?…でも、伊佐敷、濡れるよ」
「あー。ま、どうせこれから風呂だし、いいって」
「よくないって!風邪引いたらどうすんの!」


慌てて傘を返そうとするみょうじに、もう一本持ってくりゃよかったな、と少し後悔した。


「いいから、早く帰れって。俺の好意を無駄にすんな」
「…でも」
「でもじゃねえ。オラ、帰れ帰れ」
「えー、横暴……じゃあ、借りるね?」


渋々傘を掴み、ありがとう、ごめんね、と言いながらみょうじが俺に背を向けようとした。

そのとき。



――ピシャーン…


「ひっ!」


どこかでした雷の音と同時に、みょうじの肩がびくっと震える。


これは、もしかしてアレか。


「…お前、雷駄目なのかよ」
「だ、駄目…ではないけど、怖い」
「世間ではそれを駄目っつうんだよ」
「う…」


もう一度雷鳴がして、みょうじが目を閉じ、耳を塞いだ。どんだけ怖いんだ。


「…しょうがねえなー」


貸せ、と言って傘を奪い取り、頭上に差して雨の降りしきる中に足を踏み出す。


「伊佐敷?」
「送ってってやるから」
「え」
「早く来いよ」
「い、いいの…?」
「いいから言ってんだろ」


お邪魔します、としおらしく俺の隣に収まるみょうじ。こんなに小さかったか、こいつ。雷のせいか、いつもより縮んだ、頼りない姿に映る。


「そっち、濡れねえ?」
「大丈夫…」
「じゃ、行くぞ」


普段の教室ならうるせえぐらいよく喋るみょうじも、雷のせいか異様に無口だ。無理に喋らせることもねえか、と、俺も何も言わず歩き続けた。雨の音がうるさいせいで沈黙の気まずさは感じない。


20分も歩いただろうか。みょうじの家への道のりが、もう残すところほんの少しになった頃、みょうじが口を開いた。


「伊佐敷」
「何だよ」
「なんか今日、優しいねー…」
「あぁ?いつもだろうが」
「あはは、馬鹿じゃないの」


いつもの軽口も叩けているということは、だいぶ落ち着いてんだな、と少し安心する。


「…でもそうだね、伊佐敷はいつも優しいよ」
「…みょうじ?」


いや、前言撤回。何か様子がおかしい。


「優しいから心配してくれたんだよね…でも、私は…」
「おい、」
「伊佐敷が誰にでも優しくしちゃ、嫌だよ…」
「あ?どういう…」
「特別だって思っちゃ、駄目なんだよね…?」


すう、と水滴がみょうじの頬を伝う。雨か、涙かの判別はつかねえけど。


「…おい、みょうじ」
「…ご、ごめん!変なこと言った…ありがと、ここまででいいから」
「ちょ、おい」
「傘もありがと!じゃね!」
「待てって、せめて傘は…」


俺の静止も聞かず、傘を押し付けて走り出すみょうじ。雨はみるみるうちにみょうじの白いシャツに染みを作っていく。俺はその後ろ姿をただ呆然と見送るしかなかった。











「…あ?みょうじ、来てねえのかよ」
「ほんとだ。いつも早いのにね」


ぽっかりと空いた席はチャイムが鳴っても埋まることはなかった。担任が入ってきて教室内の喧騒が静まる。


「みょうじは風邪で休み、と」
「!…あの馬鹿」
「?伊佐敷、何か言ったかー」
「いや、何も」


濡れて帰るからだ、馬鹿。せっかく送ってやったのに。何で休むんだよ。昨日の言葉の意味だって、まだ聞いてないのによ。


「純」


SHRが終わって、亮介が近寄ってくる。


「あ?」
「5限6限って、LHRでしょ」
「ああ、そうだったか?」
「で、担任は昼から出張」
「…自習か?」
「だから、気になるなら昼休みからでも行ってきたら?みょうじさんのとこ」
「はあ?!」
「純、分かりやすすぎるんだよね…ま、そんだけ。頑張って」


にこっと笑って席へ戻る亮介。俺の頭ん中なんかお見通しってわけだ。とりあえず、今日の昼飯はマッハで食わねえとな。













昼休み、いってらっしゃい、と楽しそうに手を振る亮介と事情を飲みこめていない哲を教室に置いて、駐輪場へダッシュする。哲の自転車に跨がって裏門を出て、昨日みょうじと歩いた景色を走り抜けていく。雨の中、雷を怖がるみょうじに合わせて歩幅を緩めた道は、こうして一人自転車で走ってみると意外なほどに短かった。



みょうじの家の前に着いた。車はない。一人なんだろうか。とりあえずチャイムを鳴らすと、しばらくしてからふらっとみょうじが出てきた。


「はい…って、え、伊佐し、」
「…よお」
「ちょ、何で…学校は?」
「今、昼休みだろが。午後から自習だしよ」
「だからって何で…」
「話があんだよ。入れろ」
「ふてぶてしいなあ、もう」


どうぞ、とドアが大きく開き、中に入る。リビングに上げられ、ソファに腰を下ろした。


「今、誰もいねえのか?」
「あーうん、一人」
「病人のくせに」
「もう熱下がってるし」
「濡れて帰るから風邪なんざ引くんだよ」
「…ん、そだね」
「何で帰ったんだよ」
「…私昨日、変なこと言ったよね」
「はあ?」
「そのことでしょ?話って」
「いや、」
「…あのときから熱っぽかったのかも。だから忘れて?」


引きつったような笑いを浮かべるみょうじ。


「…じゃあ、俺も今熱っぽいから」
「え?」
「今から、うわごと言うからな?」
「ちょ…」
「あのな。俺は、好きでもない女に必要以上に優しくしたりしねえんだよ」


それくらい分かれよ馬鹿、と付け足すと、みょうじは一瞬きょとんとした後、えっ、と声を漏らした。


「い、伊佐敷」
「だー!もう俺帰るからな!熱っぽいから!」
「待ってよ、」
「話があんなら明日学校で、だ。風邪きっちり治して来いよ」
「う…うんっ!伊佐敷も、ね?」
「おう。うわごとについてゆっくり話す必要がありそうだしな」


もう寝てろ、とみょうじを寝室に追いやって、玄関を出る。行きよりゆっくり漕いだ帰り道の景色は、心なしか晴れやかさが増したようだった。




雨のち晴れ、そのうち快晴
(純、お帰りーどうだった?)
(思ったより元気そうだった)
(馬鹿、違うよ。うまくいったの?)
(はあ?!何がだよ!)
(あれ、顔真っ赤じゃん?)
(何でもねーよ!)










長くなった!



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