「最悪、最低」


『最近の若者は安易に"最悪"だとか"最低"という言葉を使いすぎている』

とかいう、どっかの偉いセンセイの言葉には、確かにな、と頷いた記憶があるけど、それにしたって今の私は最悪、最低を使う許可を申請したらやすやすと降りるんじゃないかというくらい、最悪、最低だ。

分かりづらいかもしれないけど、とどのつまりは、失恋。入学したときからずっと好きだったサッカー部のエースのあのひとは、他に好きな人がいるんだって。あのひとに捧げた私の二年半は、一体誰が返してくれるんだ。


「亮介ー」
「ん?」
「しにたい…」
「馬鹿じゃないの」


隣で話を聞いていた亮介に泣きついてもすげなくあしらわれるだけ。まあ確かに、幼なじみの小湊兄弟のうち、話を聞いてもらうなら弟のほうが適任な気もする。


「春市ならもっと優しくしてくれるのに」
「じゃあ春市の部屋行けばよかったじゃん」


一理ある。ここは通い以外の野球部員がひしめく青心寮の一室なわけで、少し歩けば春市にだって会える。けど。


「だって、やっぱ春市は一年生だから」
「…だから、なに?」
「こうやってルームメイトを追い出すような権限はないでしょう」
「それが俺のとこに来た理由だったら今すぐつまみ出すよ?」
「すいません亮介様!…それにさー、やっぱ見られたくないよ、春市には」
「…」
「弟みたいなもんだし…それに気遣わせちゃうの、嫌だから」
「…ああ、そう」
「亮介は変な気遣わないからさ。遣われても困るし?」
「…まあ、話したいこと、話したいだけ話せば?聞いててあげるから」
「ん、ありがと、亮介」


クッションに身を沈め、あのひとのことを考えてみる。勇気を振り絞って、好きです付き合ってください、って言ったときの、あの困ったような顔。返事を聞く前から、ああ私振られるんだ、って頭のどこかで理解してしまった。他に好きな人がいるからって、それわざわざ私に言わなくていいのに。ありがとうとか、優しくしなくていいのに。ますます諦めきれない。あのひとから告げられた好きな人の名前は私の大事な友達のそれと一緒で、嫌いになんてなれないから逆に辛い。


ああ、やばい。


「…亮介」


泣きたくなってきた。


そう伝える前に、亮介の腕が私の頭に回る。亮介の肩あたりにもたせかけさせられて、自然と体も寄りかかる形になる。


「…好きなだけ、泣いたら?」


亮介の優しすぎる言葉が引き金になって、既に限界だった私の涙腺はあえなく崩壊した。子供みたいに肩を震わせて、泣きじゃくって、徐々に亮介の服に染みを作っていく。


「あーあ、濡らしちゃって」
「ごめ、なさっ…」
「返事しなくていいよ、これ俺の独り言だから」


普段だったら、亮介の言葉をスルーしようもんならチョップを食らうのにな、と、少しだけ残った理性が考える。


「なまえも、ほんと馬鹿だよね」
「…ふ、ぅっ…」
「あんな男やめとけって、俺言ったじゃん。何回も」
「んっ……ひ、くぅっ」
「でもさ、多分なまえが思ってるほど最悪最低な状況じゃないと思うんだよね」
「…ふ、ぇっ…?」
「ま、なまえがそれに気づきさえすればの話だけど」
「…?」
「あーあ、早く気づかないのかな。ずっとなまえのこと見守ってて、なに考えてるかもすぐ分かってあげられる人が隣にいるって」
「りょ、すけっ…?」
「…その人は、なまえのこと何より大事に思ってるのになあ」


あーあほんと馬鹿、と亮介があくび混じりに呟く。だいぶ戻ってきた理性が今の亮介の"独り言"の意味を解析しようとフル稼働してる。


「泣き疲れたらここで寝てもいいから。俺…もう、寝る。おやすみ」


言い残すと同時に、亮介の頭が私の頭に寄りかかる。眠気を誘われた私の脳は考えるのをやめ、睡魔を受け入れる準備をした。


――明日考えればいっか。


おやすみなさい、と、既に寝息を立てている亮介に呟いてから、私もそっと目を閉じた。





おやすみ、またいつか



「…あ、おはようなまえ」
「おはよ…亮介」
「朝練行ってくるから寝てていいよ」
「ん…あれ、亮介昨日なんか」
「あーその話、後で。おやすみ」
「?お、おやすみなさい…?」












一時的に忘れてるなまえ。
思い出したら恥ずかしい亮介。



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