「ねー、倉持御幸」
「おいやめろよ、倉持って名字で御幸って名前の女みてえになってんじゃねえか。俺はこんな変態眼鏡を娶るつもりはねえぞ」
「はっはっはっ、俺だって倉持家に嫁ぐつもりなんてさらさらねえわ」
「聞いてよあたしの悩み」
「「無視か」」


倉持と御幸の訴えはさらっとスルー。今のあたしにツッコミに注ぐ気力は残っていない。


「あのね、あたし結構前から亮介さんと付き合ってるじゃん」
「あー、そうだっけ」
「そういえばそんなこともあったな」
「反応薄っ!」
「ヒャハ、さっきの俺らの気持ちが分かったか」
「反応しただけマシだろ?」
「くっ…り、亮介さんに言いつけてやる!」


泣き真似をしながらびしっ!と2人を指差すと、途端に狼狽え始める2人。亮介さんが及ぼしている影響の大きさを改めて思い知る。


「ちょ、それはやめろって…!」
「マジ、シャレになんねえから…な?いい子だから!」
「特に倉持、重点的に」
「は?!何で俺だよ」
「亮介さんにコンビ解消されちゃえ…!」
「なるほど、ヤキモチか」
「分かりやすいヤキモチだな」


うなずきあう2人。


「…ま、そんなことはどうでもいいんだよ」
「いいのかよ!」
「無駄にビビらせるなよ」
「亮介さんがねー」


あたしに何もしてくれないんだよね。


ぽつりとそう言うと、倉持と御幸は、


「「…ドンマイ」」


可哀想なものを見る目であたしを見た。見やがった。


「哀れむなああ!」
「いや、違っ…ま、まあアレだ、大事にされてんだって!」
「そうそう、気にすんなー?」
「それらしいフォローいれんなああ!」
「じゃあどうしろっつーんだよ…」
「ていうか、具体的にはどこまでして、どこからしてくれねえの?」
「…御幸クン、質問が変態チックだと思います」
「ヒャハハ!さすが変態眼鏡だな!」
「変態じゃねえって!それによってアドバイスも変わるだろ?」


ああ、一応まともに相談乗ってくれる気はあったんだ。御幸、何だかんだでいい奴。変態でも友達だからね!


「…手、つないだ」
「うん」
「…」
「…」
「…」
「…え?」
「え?」
「…嘘だろ」


中学生か!と倉持が爆笑。御幸は、眼鏡の奥の瞳に哀れみの色を濃くする。


「…まあ、なまえは子供っぽいからなー、だいぶ」
「そんな気になれねえのかもな、亮さんも…」
「ふ、2人ともひどい!」
「いや、だってよ…なあ、御幸」
「ああ…残念だな」
「…か、かくなるうえはお色気殺法で!」
「「ないない」」


2人が顔の前で手を振る。く、悔しい!お前ら今日ハモりすぎなんだよ!


「ばかー!」
「あ、おいなまえ!」
「待てって!」


あたしは駆けだした。2人の声が後ろから追いかけてくるけど、無視して走り続けた。







どんっ


誰かにぶつかる。その人の荷物がばらばらと落ちた。やばい、三年生の教科書だ。すぐに屈み込んで、一番近くにあったノートに手を伸ばす。


「す、すいません…!」
「…馬鹿だなあ、なまえは」
「へ」


呆れたような聞き覚えのある声に、手を止めて顔を上げると。


「亮介さん!」
「あ、先行ってて」
「おー」


亮介さんが促し、一緒にいた友達が先に行く。久々の二人きり。周りに生徒はいっぱいいるけど。


「次、物理実験室に移動なんだけど」
「あ、あの最果ての地の…?」
「なまえのせいで遅刻しちゃうかな」
「ごめんなさい…」
「…何かあった?」
「え?」
「いつもだったら『じゃあ、亮介さんが頑張って走ってくださいね!』とか言うのに」
「亮介さん…」
「話聞いてあげようか?」


どうせ物理の先生、野球部には甘いし。多少遅刻しても平気だよ、と亮介さんが優しく笑う。


「…亮介さんのせいですよ」
「え?」
「亮介さんがあたしに何もしてくれないのが悪いんですから」
「…話が読めないんだけど」
「あたしはもっと、はぐとかちゅーとかいちゃいちゃらぶらぶしたいのに」
「ちょっと、なまえ?」
「…あたし、そんなに魅力ないですか?」


あ、自分で言って泣きそう。それでも涙は零れないように必死に堪えて、あたしより少し高い位置にある亮介さんの顔を見上げる。


「ちょっとなまえ、こっち」
「え?」
「いいから」


階段裏に引っ張り込まれる。ああ、亮介さんの教科書たちが人ごみに置き去り。


「亮介さん、教科書は……ん、ぅ?!」


あたしの唇にぎゅう、と亮介さんのそれが押し付けられる。あれ、これって。


「…ホント、馬鹿だよね」


長いキスのあとに、亮介さんが呟いた。


「え?」
「何で、俺が我慢してるの分かんないの?」
「亮介さ、」
「一回手出しちゃったら止まらないかもじゃん…頼むから大事にさせてよ」


いつもの余裕の笑みがない亮介さん。心なしか顔がちょっと赤くなってる。


「亮介さん、可愛い」
「…誉めてないよね?」
「可愛い亮介さんも、すき」
「…ホント馬鹿」
「だってー」
「…なまえはいつでも可愛いから、好きだよ?」


突然の殺し文句。今度はあたしが真っ赤になる番だ。


「亮介さん、」
「…もう一回。いい?」
「…はい」


目を閉じる。亮介さんの顔が、少しずつ近づいてくる気配を感じる。



ぴーん、ぽーん、ぱーん、ぽーん…



「「え」」


もう、1センチも離れてない、というところで鳴り響いた、予鈴。思わず目を開けると、ぽかんとしている亮介さんとばっちり目が合う。


「…なまえ、次の授業なに?」
「す、数U…かな」
「それは、遅れちゃまずいね…」


数Uの先生は厳しいことで有名だ。ちょっとでもうとうとしたら教科書で叩かれる。遅刻でもしようものなら…考えるだけで恐ろしい。


「しょうがないな…俺も、そろそろ走らないと間に合わないし」


なんか、何気に初キスだったさっきよりも、今の寸止めのほうが恥ずかしい。り、亮介さんの顔見れないよ…!


「…じゃあ、急ぐね?」
「あっ、はい…が、頑張って走ってくださいね!」
「ん…あ、そうだ」


続きはまた今度…ゆっくり、ね?



耳元で囁かれた言葉に、あたしはまた顔に熱が帯びてくるのを感じた。




あと、1センチ。


「倉持御幸ありがとー!」
「は?何がだよ」
「ふふふー、キスしちゃったー」
「ま、まさかお色気殺法で…?!」
「…いや、ありえねえだろ」
「そうだな。悪い倉持、俺ちょっと錯乱してたわ」
「し、失礼ー!(確かに違うけど!)」










でれでれ亮さん!かわゆ!



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