「ノリ、これ」
「ん?何、これ」
「沢村に渡しといてくれね?」
「ええ…何で俺が」
「わり!俺、次移動だから。昼休みまでに渡さねえと都合悪いっつうか」
「しょうがないなー…分かったよ」


御幸から付箋を預かり、一年の教室へ足を運ぶ。どうやら俺と御幸の場合、俺が女房の尻に敷かれる運命にあるらしい。

沢村の教室を覗いてみる。が、あのうるさい後輩の姿は見当たらない。というか、誰もいない。連絡黒板を見ると、さっきの授業は移動教室。まだ帰ってきていないらしい。

どうすべきか。


「あの、沢村くんに用事ですか?もしかして」
「え」


一年の教室の前で立ち止まっていた俺に話しかけたのは、知らない女の子だった。口調からすると、沢村のクラスメイトかな。


「あ、うん。そうなんだけど…沢村、まだ帰ってこない?」
「沢村くんなら、さっき理科の実験で試験管割っちゃったから、職員室でお説教中だと思います」
「あいつ…」


はあ、とため息をつく。実験中に試験管を割る沢村。何てイメージしやすい図だろう。指大丈夫だったのかな、と、御幸のような心配をしてみる。うちの一年生投手は、わりに自己管理がなってないような気がして危なっかしい。


「私、預かりましょうか?」
「え。いいの?」
「はい。これ以上川上先輩にお時間とらせるわけにはいかないですし!」


目の前の女の子がにっこり笑う。俺はほっと安心して、ありがとう、と言った。あまり、アウェイな空間というのは得意じゃない。さっきから一年生の目線が痛い気がする、し。


「じゃあこれ、お願いできるかな」
「沢村くんに渡しておけばいいんですよね」
「そうそう。本当にごめんね?」
「全然平気です!」
「じゃあ、俺もう戻るから」
「はい」
「えっと…君、名前は?」
「え…みょうじなまえ、ですけど」
「そっか。ありがとう、みょうじさん。またお礼するね」


じゃあね、と手を振ってみょうじさんと別れる。

別れてからふと疑問に思った。何でみょうじさんは俺の名前を知ってたんだろう。


「…野球部って、知名度高いんだなー」


すごいな、やっぱり。とどこか他人事のように納得して、教室への道を急いだ。












「ノリ先輩っ!」


部活終了後、沢村が俺のもとへ一目散にやってくる。クリス先輩でも御幸でもなく、俺っていうのが珍しい。


「おー、沢村。どうした?」
「伝言あざっした!受け取りました!」
「あー。えっと、みょうじさんね」
「そうっす!先輩、みょうじと知り合いだったんすか?」
「いや、違うけど。沢村いなくて困ってたら、話しかけてくれただけ」
「あ、そうなんすか!あいついい奴っすよね!」
「うん、優しそうな子だったかな」
「そうっすよ!あ、でもノリ先輩も優しいっす!」
「へ?俺?」
「っす!」
「俺、優しいかなあ」


苦笑する。優しいって、人としてはよくても投手としてはどうなんだろう、とか思いながら。


「そっすよ!だから…」
「はっはっは、沢村ー」
「で、出た!」
「お前、クールダウンまだだろうが!さっさと向こう行ってやってこい!」
「う、うっす!じゃあノリ先輩、あざっした!」
「お、おー…クールダウンはしっかりな…」


走っていく沢村を御幸と二人で見守り、俺は片手に持っていたスポーツドリンクを口に含んだ。


「で?ノリ?」
「え?」
「みょうじさんって?」


ぶ、と噴き出す。汚ねえぞ、と御幸が笑った。


「いや、別に何でもないって」
「怪しいなー、憲史くん?」
「怪しくないから」
「俺、お前の女房だろ?そりゃ沢村に降谷にで忙しくてなかなか構ってやれないけど、せめて恋愛相談ぐらい乗らせてくれよー」
「うわ、本当嫌だこの絡み」
「うわ結構傷ついた今の…ま、いいか。また沢村へのお使い頼むから」
「投手遣いの荒い女房だな…」
「お前のためだって」


はっはっは、と笑いながら、御幸は俺の肩をぽん、と叩いてどこかへ行った。


「本当何でもないのにな…」


うーん、とひとつ大きな伸びをして、俺は寮へと戻る道を歩き始めた。

そういえば、沢村が何か言いかけてたような。


…ま、いっか。




始まりの、始まり。









川上三部作です。
初めてのノリ先輩…
探り探りで始めます



← ‖ →
*   #
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -