安寧な高校生活を送るにおいて、席替えは一つの重要な要素だ。場所はもちろん(ちなみに理想は、夏場は廊下側、冬場は窓際)、周りに友達がいるか、否か。これはかなり切実な問題だ。そしてあたしは今まさにその問題に直面している。


「純、この間の試合なんだが」
「ああ、土曜の部活のあと、御幸の部屋でビデオ上映会するっつってたぞ」
「あ、俺も行く」


右隣には野球部主将の結城くん。かたや左隣には伊佐敷くん。前には小湊くん。一番後ろなのはいいけど、このメンツに囲まれてしまうなんて…!結城くんと伊佐敷くんに、あたしを挟んで会話させるのがもうすごく申し訳ない。邪魔だよねごめんなさい!

そしてこの席になってからというもの、


「純、こないだもキャンキャンうるさかったよねー」
「なっ?!」
「ああ、騒がしかったな」
「てめ、哲…!」
「ホント、吼えなきゃ打てないし守れないんだからさ」
「仕方のない奴だ」


なんだか、小湊くんの裏の顔を垣間見てしまったり、


「まあスピッツはせいぜい吼えてなよ」
「スピッツじゃねえぇ!」
「そうだな、犬ならやはり柴犬だ」
「何の話してんだ哲!」


結城くんが天然だって気づいてしまったり、


「あ、おい哲!お前、今日の朝練で隣のやつのバットかすってたろ!怪我ねえのかよ」
「?よく分かったな、純。問題ないぞ」
「それから亮介も!守備んとき足元ふらついてたけど痛めてんじゃねえだろうな!」
「純のくせに俺の心配するとか生意気。…あんな一瞬のこと、よく見てるじゃん」


伊佐敷くんの意外な優しさを知ってしまったり、


「そういや増子がよー、同室の後輩が手ェつけれねえって嘆いてたぜ、キャプテン」
「倉持と沢村か。元気で楽しそうな二人だな」
「プリン食べられたりTシャツに字書かれたりしてるんだってね」
「沢村は将棋を打ってくれる。いい後輩だ」
「俺も純のTシャツに字書こうっと」
「おい、スピッツ以外だぞ」
「うん分かった、"少女漫画オタク"にする」
「倉持はムードメーカーだな」
「おい、誰か増子の心配もしてやれ」


他の野球部員の諸事情に詳しくなったりした。話に入ることはできないけど、楽しそうに話しているのを聞いているだけで楽しい。野球部って個性的な人たちの集まりなんだなあ。もしここに座ってるのが藤原さんだったら、この三人ももっと楽しかったのかなとか思うとちょっと切なくはなるけど。







放課後、部活が終わったあと、忘れ物を取りに来たあたしは、例の三人に出くわした。いつもなら野球部の練習はまだ続いている時間だけど、外が生憎の雨なせいで、野球部はどうやら早めに切り上げたらしい。


「おい亮介、お前マジで書きやがったな!」
「あ、気づいた?ちなみに背中には"乙女チックスピッツ"って書いたんだけど」
「結局スピッツなんじゃねえか!」
「む。柴犬はどうした」
「どうしたもこうしたもあるか!」


部活後も三人は元気だ。そのTシャツを着ている伊佐敷くん、見てみたいかも。


「実際さー、純が少女漫画ってギャグでしかないじゃん」
「なっ」
「うむ。確かにかなり面白いな」
「うっ」
「…みょうじさん、どう思う?」


え。
今、小湊くん、あたしに話振った?

あ、三人ともがあたしを見てる。気のせいじゃなかったみたい。どうしよう何か言わなきゃ。


「…か、可愛い、んじゃないかな」
「「「可愛い?」」」


三人のリアクションが見事にかぶる。


「…ぷっ」
「…ふっ」
「笑うなあぁ!」
「ご、ごめん、あたし」
「いや、みょうじさんは悪くないよ…よかったね、純。可愛いって」
「ん。誉め言葉だぞ、純」
「嬉しくねえよ!」
「キモーイとか言われるよりいいじゃん。そんなこと言われたら立ち直れないよね」


まあそれは俺の仕事だし、と小湊くんが笑う。うん、やっぱ黒い。怖い。


「じゃあさ、みょうじさん」
「はっ、はい?」


心の声が漏れたかと思って一瞬焦った。


「その可愛い可愛い純の、可愛い恋愛相談、乗ってあげてくれない?」
「はあ?!」
「純、最近好きな人がいるんだけど、なかなか話しかけるチャンスが掴めてないんだ」
「おい、亮介?!」
「じゃ、俺と哲は5号室で後輩の相手を頑張ってる増子のところに行ってくるから。行こう、哲」
「?ああ、行くか、亮介」
「お前絶対分かってないだろ哲!」


頑張ってねー、と言い残して、小湊くんと結城くんは教室を出て行った。


「…あの、伊佐敷くん」
「あ?」
「好きな人、いるの」
「…まあな」


そっかー伊佐敷くん好きな人いるんだ。藤原さんかな。二人ならお似合いだよね。

さっきみたいに急に話振られても、きっとあたしより気の利いた返事が返ってくるんだろうな。

いやだ、何であたし泣きそうなんだろう。伊佐敷くんに好きな人がいるかどうかなんてあたしの涙腺に何の関係もないはずなのに。


「…お前は?」
「へ?」
「好きな奴いんのかって聞いてんだよ」
「は、はいっ…あ、いや違くて」
「…はっきり喋れよ?」
「ご、ごめんなさい…」
「お前もしかしてよ、」
「は、はい?」
「俺のこと怖えの?」


心なしか悲しそうな伊佐敷くん。あ、しまった。そういうつもりでとった態度じゃないのに。


「ち、違うよ!あたし、伊佐敷くんが見た目怖いし口悪いけど本当は仲間想いで優しいの知ってる!だから」


好きなんだもん。

最後の言葉は喉の奥に飲み込んだ。

ああ、そっか。あたし、いつの間にか伊佐敷くんのこと好きになっちゃってたのか。それでさっきから胸が痛むんだ。気づいた瞬間失恋とか、切なすぎる。


だめだ、伊佐敷くんに怪しまれる。顔上げなきゃ。

涙をこらえて無理やり顔を上に向けると、なぜか真っ赤になっている伊佐敷くんが目に入った。


「い、伊佐敷くん?」
「いやお前…それは反則じゃねえか?知ってて言ってんのか?」
「え」
「…だあぁ!いい加減気づけよオラァ!」



俺はお前が好きなんだよ!


二人だけの教室によく響いたその言葉の意味を脳が理解するのにかかった時間より、瞳いっぱいに溜まった涙が溢れ出すほうが早かった。




涙腺、ブレイクダウン
(ちょ、何泣いてんだよ!)
(ごごごごめんなさい…!)
(あんなに好きオーラ出してたのによ)
(…伊佐敷くん、わかりづらい…)









乙女チックスピッツが
い と し す ぎ る !らぶ!
少女漫画読んでるわりに
恋愛に関して不器用そう(^p^)



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