▼その痛みを知ること
夏の終わり、昼間はまだまだ暑いものの、夜はすっかり涼しくなって過ごしやすい。いつも晩御飯はあまり喉を通らない。それは昔からで、けして少食という訳ではないのだけれど。だからいつも人より少な目に貰って、それでも残ったらサシャにあげる。だから皆より食べ終わるのが早いので時間をもて余す。大体は皆が食べ終わるのを待っているんだけれど、今日はふらふらと外に出た。夜風が冷たくて、何か羽織るものを持ってくれば良かったと少し後悔した。それでも戻ることはせず、食堂から少し離れた木のそばに座る。空を見上げれば雲は一つも無くて、星が無数に見えた。ああ綺麗だなんて客観的に考えながらぼんやりと空を眺める。
「何してるの?」
突然空が見えなくなったもんだからびっくりしていると、真上から声が降ってきた。薄暗くてあまり顔がはっきり見えなかったが、すぐにその声の主がベルトルトだとわかった。聞き馴染みのある声。この声を聞くと安心する。
「空を見てるんだよ。」
「風邪引くよ。」
そう言うベルトルトの手にはカーディガンが握られていた。それを私がありがとうと言う前に肩に掛けられる。
「…ありがとう。」
「隣、良い?」
「うん。」
私の隣に座ったベルトルトも同じように空を見上げる。そして星が綺麗だね、なんて言い出すんだから思わず吹き出してしまう。
「ちょっと。」
「ごめんごめん。」
何か変なこと言った?と不思議そうな顔で尋ねてくるので、慌てて言ってないよと訂正した。それでも怪訝な顔をするのにほんとだって、と念押しすればやっと何時ものように少しだけ笑った。
「ねぇ。」
「ん?」
「最近、なんだか元気がない様だけど…。」
「そうかな?」
「心配なんだ。」
心配だなんて、はじめて言われた。ベルトルトがどうして私なんかに心配だ、なんて言うのかは分からなかったけれど。彼はそんなに周りの人のことを見ているのだろうか。私には友達と呼べる人が数えるほどしかいないけれど、それでもいちいち人の変化になんて気付けない。
「どうして?」
「どうして、かな。」
そう言って困ったように笑うと、また空を見上げた。
「ベルトルト、死ぬのって怖い?」
私がそう問えばベルトルトは複雑そうな顔をするだけで、答えは返ってこなかった。「私は死ぬのは怖くないのよ。」
覚悟のうえで訓練兵になったんだから。そう言えばベルトルトはますます難しい顔になる。
「でもね、壁の外が怖いの。」
エレンやアルミンは壁の外に出たいらしいけど、私には理解できなかった。家も川も木も森も、小さな壁の中が私の全てで、その何万倍も広い外は想像の範囲外だった。それを知るのも怖かった。海って言う大きな水溜まりがあって、森だって私が知ってるのよりもうんと大きくて、私は何処に行けば良いの。どっちに進めば良いの?
「私に、自由の翼なんて似合わないもの。」