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▽ 蝶舞うころの未来予想


暦の上では既に春を迎えていたが、秋田は今日も冬の寒さを保っていた。木々の枝には分厚く雪が積もっている。卒業式といえば、穏やかな春の日差しの中で、だなんていうのが定番なのかもしれないがここ秋田では降り注ぐ雪の中で行われるのが恒例なのであった。寒さと涙で顔を真っ赤にしながら、卒業生を送り出していく。今日、卒業式が行われるここ陽泉高校でも、そんな光景が見られる。

「先輩…!オレら、来年こそは全国優勝目指すんでっ…。」
「ああ、もう泣くなよ福井ー。副主将がそれじゃカッコつかねえだろ。」
「だって…先輩!」

別れを惜しむ生徒たちの中に、一際目立つ大男ばかりの集団があった。陽泉高校バスケットボール部の面々である。背の高い男たちが一様に涙で顔を濡らしている光景というのは、ある意味異様かもしれないが、運動部の後輩たちが卒業していく先輩たちを思って涙する姿、というのはいかにも卒業式らしく微笑ましい光景であると思えた。そして、新副主将に任命されている福井が卒業生である少年に泣き付き、なだめられている様子が見える。そんな様子を輪から少々外れた場所から、荒木雅子は眺めていた。そんな荒木に、一人の少年が話しかける。

「荒木監督。」
「なんだお前か。みょうじ。」

そこにいたのは、荒木自身が監督を務める男子バスケットボール部の部員であったみょうじだった。彼も今日、こうして卒業を迎えた生徒のうちの一人である。その手には少し雑に丸められた卒業証書と、卒業記念品が収められているらしい紙袋が握られている。そして、他の部員たちの例に漏れずやけに高い位置にある彼の顔を見るために、荒木は少し上目遣いになりながら視線を彼へとやる。

「お前はあっちの輪の中に入らなくていいのか。」

少し離れた場所に見える男子バスケ部の部員たちが集まっている場所を荒木は指差し言う。彼女のそんな問いかけに、みょうじは曖昧に笑ってからその口を開いた。

「荒木監督こそ、いいの?」
「私はいいんだよ。」
「じゃあオレもここにいます。いいですか?」
「好きにしろ。」

荒木の言葉を聞いたみょうじはどこか嬉しそうにして、彼女の隣へ立った。そんなみょうじの様子を見て、荒木は「何笑ってんだか。」と溢す。

「監督、四月からもバスケ部をよろしくね。」
「お前に言われなくてもやるから安心しろ。」

未だワイワイと騒いでいるバスケ部の集団へと視線を向けながら、彼は荒木に話しかけた。

「四月からはさ、新しい子が、キセキの世代っていうのも入ってくるんでしょ。」
「ああ。キセキの世代、紫原敦を獲得できたからな。」

みょうじたち三年生が卒業した後の新年度、陽泉高校にはあのキセキの世代と呼ばれる天才プレイヤーの一人が入学することに決まっている。彼、紫原の獲得により陽泉高校バスケ部の戦力は大幅に増大するであろうと誰もが予測していた。来年度以降からは今年得ることができなかった全国優勝というタイトルも、手にすることができるかもしれないという希望が見え始めていた。

「今年、劉一人にすらみんな手こずっていたのに、また来年もワガママそうな新入生がやってくるのか。陽泉バスケ部は毎年苦労が耐えないね。」

今年度中国からの留学生としてやってきた劉偉には今思えばかなり手を焼いた記憶がある。二年生の福井や、三年生のみょうじを中心に散々に構い倒した結果、今でこそ劉も部員たちにああして懐いてくれて部にも馴染むに至ったが、始めのうちは言語と文化の壁に皆大いに悩まされたものだ。そんな前例があるからか、あのどうも小生意気そうな顔をした名実ともに大型なルーキーの扱いは苦労するだろうと皆予測していた。

「ふん、いざとなったら肉体言語で矯正してやればいいからな。」
「愛用の竹刀でビシっと?」

かつて自身も喰らったことのある、荒木の竹刀による鉄拳制裁のことを思い出したのかみょうじは口元を少しばかり引き攣らせた。

「きっと来年の陽泉、今よりもっと強くなるよね。」

どこかぼんやりとした目をしながらみょうじは呟く。確かに来年からの陽泉は今年までの比ではないほどの超強豪校へと進化を遂げるのだろう。だけれどその新しい陽泉高校バスケ部に、今日卒業を迎えてしまった彼は、みょうじなまえはいないのだ。

「でも、どんどん強くなっていくはずの陽泉にオレはいられないんだなあ、って。」
「…。」
「だけどそれよりもね、」
「それよりも?」

不自然なところで言葉を切ったみょうじに思わず荒木は尋ねる。みょうじはどこか優しげで、しかしながら少し苦しそうな表情を浮かべながら荒木の顔を見ていた。

「荒木監督と、もう毎日一緒にいられないんだなって思うと。寂しくて。」

三年間、ほぼ毎日荒木監督と過ごしてたのに、もう明日からはそれもないんです。そう思うと、竹刀でぶん殴られるのも恋しくなっちゃうかも。
みょうじはうつむき、首に巻いていた自身のマフラーに顔を埋める。荒木はそんなみょうじの姿を見て、小さな子どもみたいだなと思った。男子高校生の平均身長も大きく上回っている図体の大きな彼のことを、小さな子供に例えるというのも、なんだか不思議なようでもあるが。

「まさこせんせい。」

顔を上げたみょうじが荒木のことをじっと見つめていた。ふいに呼ばれた自身の下の名前に、彼女はぴくりと反応をしてしまう。

「好きです。」

彼が投げかけた予想外の言葉に、荒木は思わず目を見開く。冗談だろうと思って発言者である彼の顔をぱっと見る。しかしその表情にはおちゃらけているような色はどこにもない。厳しい寒さ故か、それとも別の理由からか、頬を少し赤く染めている彼がこちらを見つめているだけだった。

「何を、言って。大体、お前と私は生徒と教師だろう…。」

突然のことに混乱してしまっていたのか、口から滑り落ちた言葉は実に陳腐でありふれた文句だった。事態を未だ飲み込めていないのか、荒木の手は少しばかり震えていた。

「さっき卒業したし、もう生徒と先生じゃないよ。」

これからも一緒にいさせてよ。
みょうじの手が、荒木の手をそっと取る。彼の手も、ふるふると震えていた。長い間外の冷たい外気に触れていたからか、その手はすっかりと冷えきっていた。だけれども、彼の手が震えている理由はきっと寒いからではないのだろう。冷たい手に包まれて確実に体温を奪われていっているはずなのに、心には温かいものを感じていた。

「年増の女相手に、よく言うよ。」

ぶっきらぼうな言い方をしながらも、荒木はそっとその手を握り返す。
秋田に暖かい春が訪れるのは、きっとまだまだ先のことだ。けれども二人の間に潜むその恋の蛹は、いま確実に羽化の季節を迎えていた。


Special Thanx : Liang様



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