「よしよしよしよし……落ち着け忍足謙也……」

部屋の中、いつになく静寂が流れている。
いつもならゲームの音や何やらで五月蝿い忍足家長男の一人部屋だが、今日は違った。
ある事によって。

「ううぅ……ああぁ……や、やっぱし無理やぁ…こんなん……っ!!!」

決してそういう事をしている訳ではない。しいて言うなら……、

右手には携帯電話。

「メールしたいけどできんんん!!!!」

こういう事。

「もう謙也いきなりなんやねん五月蝿い!!」

隣の部屋の弟……翔太が文句を言いにドアをバンと躊躇なく開けたが、謙也はそんな事は気にせず、翔太に泣きついた。
翔太は弟にして謙也の相談に乗る良き理解者でもあった。

「せやかてっ!めっ、メルアドはげっとしたものの……うわぁああ!!ど、どないすれば……俺のアドレス帳に白石の名前があるだけでもうドキドキすんのに、白石のアドレス帳に俺の名前があるってだけでもっとドキドキする!!そんでもって恥ずかしいし……どないしよ翔太あ!!」

「んなもん知らんし……たかがメール一通で大袈裟やっちゅうねん……」

「大袈裟やないっ!!!
き、嫌われたら…俺、しんじゃう……」

「……」

ホンマに大袈裟や。
翔太はその一言を口に出して言うのをやめた。
きっとまた否定して死ぬ死ぬ連呼されるのは目に見えていたからだ。
それにしても乙女思考のヘタレすぎるやろ……と翔太は半ば呆れていた。

「じゃあさ、いっそメールやめちゃえばえぇんとちゃう?」

「え!?」

「やって恐いんやろ?やったら無理してメールなんてする事ないやん。
しかも白石から直接メールしろ、て言われたん?」

「い、いや、言われてへんけど……文は一応出来とるし……送らな勿体無いかな〜、て」

「ちょお見して」

「う、うん……笑わんといてな?」


"拝啓 白石蔵ノ介様

最近寒い季節が続いていますね。俺なんてもう日々凍え死にそうです。白石は大丈夫ですか?いつも無駄やから、と言ってマフラーもせずに薄着ですね。
それではいつか風邪を引いてしまうと思われます。俺はそんなん嫌です。だから対策の為にも是非、マフラーとセーターとコートを着用して下さい。
あと、部活中の事なのですが……"

「……………………」


そのよそよそしい文に翔太は驚愕した。
いつも兄を見る限りでは白石に過剰な程のスキンシップ、止まらないマシンガントークといった、親友ならではの事を繰り広げているというのになんだこの文は。

「コレもう手紙やん!何やねん"拝啓"て!!っちゅうかメールで伝える文ちゃうやろこれ……寒さ対策したらどうや?ぐらい学校で直接伝えればえぇ事やろ!?」

「せやかて絵文字とか顔文字とか使ってチャラいやつやと思われたないし……白石の前ではまだマシな……白石が一緒に居って不快にならない程度の親友……で、ありたい。」

「謙也、」

その髪がチャラくないなんてよく言えたものだ。とツッコミたかったが、流石に止める。
謙也が今にも泣きそうだったから。
あぁもう、どんだけ好きなんだよ。

「じゃあ送ってみれば?」

「う、でも……」

「やってみなきゃわからんやろ?当たって砕けてこい!!……一回は。」

「砕けたないけど……おん、やってみる」

そして謙也が送信ボタンを押そうとした瞬間だった。

『♪〜♪〜』

「「うっわあ!!」」

いきなり着信音が鳴り出した。ディスプレイに映し出された名前は―――……

白石蔵ノ介。

「えっ、謙也ケー番も交換してたんや!?」

「た、ぶん……赤外線でやったから……ってどうしようう!!!電話どうしよううう!!!!」

「出ぇへんと逆に不自然やで?……ホラ、早よう出んと切れるで?」

「うわぁああ!!…………っ、う、うっうん!!」

謙也は意を決したように喉の調子を整え、着信ボタンを押した。

「もしもs『あーケンヤクン?』……え」

携帯の向こう側から聞こえてきた声は、予想していたものと大幅に違っていた。なんせその声は性別からして違う、女性のものだったから。謙也からは一気に緊張感が抜け、その場にへたりと座り込んでしまった。

「え!?謙也どないしたん!?」

「……やった」

「え?」

「白石……女やった……」

謙也が大変混乱している事が翔太にはわかった。
5W1Hがいつも以上になってない為、今の台詞だけでは謙也の状態は全くを持って理解不能だ。

「なんやねん……どないしたねん分かりやすく言うてや!!」

翔太が大声でそう言うと、返事は予想外の人物から返ってきた。

『その声……忍足クン!?』

受話器の向こう側の女性からのものだ。

「「え!!?」」

これには流石に二人とも驚いた。電話の相手が女性であったから謙也も錯乱状態になったのだろう、と翔太は悟った。
そしてもうひとつ。翔太にはこの声の主に思い当たる節があったのだ。

先ほどの台詞からして、あちらもどうやら気付いてる様だし……

「謙也!!ちょお携帯かして!」

「へ?あ…おん……」

「もしもし、白石?やんな?」

『あー!やっぱり翔太や!!ケンヤクンの弟やったんか』

「そらこっちの台詞や。"あの"白石蔵ノ介の妹やなんて知らんかったわ」

「…………?」

「あっ、謙也大丈夫やで!!こいつは〜……」

どうやら電話の主は白石の妹だったらしい。そして翔太のクラスメイト。

正体がわかったところで、俺は取り敢えず、白石の妹が何故白石の携帯で俺に電話をかけてきたのかが気になった。
え、まさか俺に気があるとか!?……いやいやないない。向こうだってわかってなかった様だし……うーん、更にわからんくなってきた……

「あの〜盛り上がっとるとこ申し訳ないんやけど……白石と替われる?」

おずおずと尋ねるとスマン!!と言って直ぐに携帯電話を渡してくれた。
次こそ声の主は…………―――、

『謙也?』

「し、らいし!?」

うわああアカン!!マジで白石やホンマもんの白石や!!嬉しいけどどないしよどないしよ……

「しょおた…」

『謙也、』

「!?」

『逃げんで』

「えっ」

『俺ももう逃げんから』

「う、ん?」

……俺、も?

『あんな、俺、怖くて逃げてた。
謙也に電話するってだけでな、恥ずかしくてでも怖くて、もうごちゃごちゃになっててん。』

あの白石が恥ずかしい!?怖い!?しかも俺の事で!?ゆ、夢でも見とるんちゃうか、俺……
そんなん……そんなん俺かて……

「俺もっ!!俺もずっとメール……送りたかったけどっ、恥ずくて……ホンマどないしよ、って思ってて……」

『何や謙也も同じ気持ちやったんやな』

「う…………ん……」

やばいやばいやばい。こっちのが100倍恥ずかしい。同じ気持ち、って……嬉しすぎる。

『俺ら……』

「うん、俺ら……」

両思いやったなんてな!!、と口に出そうとした瞬間、白石のデリカシーの欠片もない一言で俺の思考回路はブラックアウトしたのである。
『俺ら、親友なのにおかしいな!!』



僕らはまだちっぽけな中学生でして
 
(何事にも敏感なお年頃。)
 
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