お兄さん――名を聞けばバッシュさんと言うらしい――は、スイスの軍事会社の社長さんらしく、遠くで働かせている妹に会いにきたらしい。
まぁ、見知らぬ土地で妹がメイドなんてしていたら心配も心配だろう。
いいお兄さんだ。
「フランシスについていったりしていないか?」
「はい兄さま」
「アーサーに口説かれていないか?」
「はい兄さま」
「他のメイドにいじめられていないか?」
「はい兄さま」
皆様とてもよいかたです、と淑やかにリヒテンちゃんは笑うとバッシュさんも安堵したような笑顔を見せた。
暫くリヒテンちゃんと私とバッシュさんと話していたが、バッシュさんはいつまでも日本にとどまっているわけにもいかないから、とすぐに飛行機で発つそうだ。
門前までいって見送った後、私たちは仕事へ戻った。
そうだ、フランシスさんのところへトマトを届けにいってる途中だったんだ。
………
「…は?」
「だーからぁ、どうなの?花子ちゃんとの関係はぁ」
腐れ縁で、昔からだいっきらいなこいつが、突然執務室へやってきた。
何のようだ、と聞けば暇なんだよね、みたいなことを言い出したので追い出そうとしたらアイツの話をしだしやがった。
アイツ、というのは言わずもがな。花子のことだった。
あいかわらずのによによ笑顔で俺のデスクに手を突いて聞いてくる。
調味料の香りがした。
「な、なな、なんだよ!?俺がそんな、花子に…って、なに…」
「はぁ、これだからなぁアーサーは。」
だめなんだよなぁ、とフランシスは首を振ってため息を吐いた。
うるさい、俺だって進展したいと思ってるんだ。
せっかくメイドにしたのに…こいつからいろいろ聞いた話じゃバイルシュミットの兄の方も手だそうとしてんじゃねえのか?
「デートぐらいしねえのー?アーサーくん」
「…そりゃ、してえけど…。」
「だよねー?むふふ」
むふふてなんだむふふって。
相変わらずの気持ち悪い笑顔。やつは懐から二枚の紙を取り出した。
それは、俺には簡単に手に入れられるような手に入れられないようなものだった。
「…なんだこれ」
「遊園地のカップルチケット!」
カップルしか買えないすこし特別なチケット、そのまんまだが。
俺の知り合いのヤツが買ったらしいけど行く前に別れちまったみたいでさぁ、俺にくれたんだよ。
フランシスはそういってチケットをぺらぺらと指先で遊んだ。
まぁこいつはよく女といるからな。
で、それをどうするつもりだ。
「不憫のアーサーくんにやろうってわけだよ。お兄さん優しい!」
「だれが不憫だばかぁ!…つ、つーかどんな風の吹き回しだ?」
こいつが無条件で俺にそんなものをくれるとは思わない。何か思惑があるはずだ。
「これだからやだねえ、元ヤンはさ」
「うるせぇ!元ヤン言うな!」
こいつは何かあると俺に過去の出来事を引き合いにだしてきやがる。なんなんだ。
「別になにもないよ、お兄さんがあげたいだけ!」
「…はぁ?!」
どういうつもりだ!槍でも降るんじゃないのか!?
「そりゃあひどい言い草だなぁ。で、いるの?いらないの?」
「…いる、けど…」
俺はなんだか納得できないままでいた。
なんのつもりだ?もしかしてコイツ、花子に俺の恥ずかしい姿を晒そうとか考えてんのか?
でもな…いや…
「はぁ、アーサー。お前、俺信用しなさすぎじゃないか?」
「そういう風にすごしてきたんだから仕方ねえだろ」
「まぁそうなんだけどね」
いつだってそうだったからな。
でも…本当に今回は俺の好意だぜ?なんて言ってデスクの上に二枚のチケットをおいた。
本当にくれるみたいだが…いや…。
「あ、そんな心配なら条件つけてあげるから」
フランシスはこれでいいだろ、みたいな顔で何かを提案した。
俺としては皮肉だが、そっちのほうがまだマシだ。
なんだ、と問えばコイツは驚きの一言を放ちやがった。
「…なんだ、って?」
「だから…―――」
そんなこんなで、俺はフランシスから二枚のカップルチケットを手に入れた。
あとは誘うだけ、誘うだけ、誘うだけ。
廊下に出るとナイスタイミング、花子がいた。
「花子ッ!」
ぱたぱたとローファーを鳴らせてそいつのもとへかけていく。
花子はアーサーさん、とつぶやいて俺を見た。ああ、なんか癒しだ。
「…こ…こ、こんどの、俺のやす、みに。」
「は、はい」
「い、っしょ、に……ゆ、ゆうえんち…に、いかない、か?」
きっと俺の顔は今真っ赤なんだろう。だって自分で熱を感じるほどなのだ。
花子はきょとんとした顔で俺を見た。
そうだ、次の休みは―――たしか来週の月曜日から三日間はフリーだったはず!
「来週の月曜だ!いいな!?」
「え、あ……はい!」
にこっと笑って花子は答えた。
ちくしょう、反則だろそれ、かわいすぎるぞ。
そしてこいつはまたもや俺の心に爆弾を投下した。
「これって、デートですね!」
ああ、心臓が壊れそうだ。
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