午後一時。
パスタが消えたお皿とフォークを例の箱に片付けて、ロヴィさんは店へ去っていった。
イタリア料理店だし、夜の方が忙しいから大丈夫だと言ったが、彼らの店はかなりの人気を博していたはずなので無理したのかと心配をした。
そのあとも私とトニーさんはベッドの上でごろごろ転がっていた。
服が散乱しているという状況を除けばふかふかして寝心地のいいベッド。
トニーさんに「無防備すぎやで」と言われたので「強盗が来てもトニーさんが守ってくれます」と答えたら苦笑いを返された。
カチカチ、と秒針と布の擦れる音だけが部屋に響いた。
「そういえばアーサーさんはいつ帰るんですか?」
「ん?なんや今日の朝発つ言うてたからもうじきつくんちゃうか?」
「えっ」
じゃあ早くお出迎えしなくては。
こう言うのもメイドの務め…だと思う。
私は掃除洗濯をあまりしないんだから、これぐらいはしなくちゃ。
それに本田さんに頼まれた「お帰りなさいませご主人様」も…。
嫌だけど、まあ、ご主人様の友人命令だし。
「あ、車や。もう帰ってきたわ」
トニーさんが窓の外を眺めていった。
ギルさんの運転する黒塗りの高級車が屋敷の門の前に迫っていた。
門の前から玄関までの距離は車でならさほど時間はかからないはず。
まずい、この体じゃ走っても間に合わない!
「トニーさん、私を玄関先まで連れてってください!」
「ええけど…」
早く!と叫んでトニーさんに抱きつくと、彼はドアを蹴っ飛ばし走り出した。
トニーさんがによによしていたので頬をつまむと余計にによによした。
マゾですか?と聞いたらドSやでと答えられた。
腕に抱えられて私は廊下をわたり、気が付いたら玄関前。
遠くで車のドアを開ける音がした。
トニーさんはアイツ嫌いやから、と玄関から少し離れた場所で待機している。
数秒後、ドアが開いてアーサーさんが帰宅した。
「ただい…え?」
「お、お帰りなさいませ!ご主人様!」
私を見下げるアーサーさんと彼を見上げる私。
アーサーさんの目は限界まで見開かれ、私の頬には冷や汗が伝った。
トニーさんは遠くで私を見守っていた。
「…え、花子…?」
「はい」
彼の頭の思考回路はショート寸前のようだ。
そりゃあそうだ、小学生になったメイドに「お帰りなさいませご主人様!」なんて…。
強要していたら間違いなく変態のロリコン。
え、えええ、と私に目線を会わせて肩に手を置き、私の黒の目と彼の緑の目がかちあった。
トニーさんの方角から殺気が感じたのは気のせいだと信じたい。
「なんだ、これ…菊の仕業か?!テイクアウトできるよな?!」
「…できません。」
「その場かあ、さすがに玄関でヤるのは…」
「え、あの、なんか違…。」
アーサーさんの話の方向性が違う気がする。
やる、て何を?テイクアウト?私はマックじゃない。
そう言えば此処に来てからマック食べてないな…。
いや、今この状況ではそれは激しく限りなくどうでもいい。
え?アーサーさんも変態フラグ?
丁度そのとき、ジャストゼン。
トニーさんがわたしたちの間に割って入った。
顔は鬼畜顔、眼鏡をかけずとも鬼畜眼鏡。
「それ以上はよい子の味方の親分が許さへん、カークランド。」
「何言ってんだよ。俺はコイツの主だ。たかが庭師に言われたかねえな。」
「黙れや変態眉毛。その口血管で縫い付けたろか」
「ロリコンがほざくな。一発殴りあうか?」
「望むとこや。眉毛全部むしりとったる。」
なにが望むところだ。
私は望まないぞ、第一どちらを応援すればいいんだ。
第一アーサーさんもなんでそんな仲の悪い男を庭師に選んだんだ。
嫌いな男に雇われるトニーさんもトニーさん。
あーなんか泣きたくなってきたよなにこれえ、ちょ、なんか…。
「ひっく、う、うええ…」
気が付いたら私は泣き出していて、涙が止めどなく睫毛に縁取られた目から溢れ出た。
拭っても拭っても流れてくる涙はどうしようもなくてひたすら服の裾で目を擦った。
「どないしたん?!カークランドのせいや!」
「どう考えてもお前のせいだばかぁ!」
暫くして、私の涙は二人の変態フラグのたった男にとめられた。
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