アーサーさんがまだ帰ってこない中、アーサーさんの世話が仕事な私は暇だった。
「花子ちゃん!明明後日買い物いかない?」
「え?」
そんな時に、声をかけてきたのが、湾ちゃん。
買い物――つまりは服を買ったり、カフェに行ったりと、そっちの意味だろう。
「あのね、私の買い物に付き合ってくれるだけでいいの!」
「あ、それでいいなら…」
「ほんと?!」
私の手を掴み、顔を迫らせる湾ちゃん。
ずい、と迫った顔と輝いた目。
う、かわいいな…!
「じゃあ明明後日朝から!」
「う、うん…。」
湾ちゃんと別れて、私は厨房へ向かった。
フランシスさんに頼まれていた事があるのだ。
そして、三日後、湾ちゃんとの約束の日。
「湾ちゃん!」
「あー、遅くなってごめんね!いこっか!」
「うん!!」
電車を乗り継ぎ、人通りの多い通りに出る。
…でも…なんか、違う…?
ゴスロリの人や、マントを身に纏ってる人、髪がオレンジやら緑の人。
所謂、コスプレ。
「え、湾ちゃん…?」
その人たちを見たときから、湾ちゃんの目つきが変わった。
「きゃあああっ!あっ、アレルヤ!刹那!すみません一枚いいですか!?ふああんテラ萌える!!」
発狂したように騒ぎ立てる湾ちゃん。
カメラのレンズを、刹那やらアレルヤやらと呼ばれた人に向けて、カメラに写し、シャッターを切った。
え、な、アレルヤ…?
ああ、湾ちゃんがこの間描いてた…。
なんだっけ、ガンダム?
てら、萌え?
「ルカだぁ!かわいいー!すいません写真いいですか?!」
今度桃髪の女の子。
湾ちゃんはコスプレをした人を前に、暴走していた。
あの、視線が、すごく…痛いです。
でも他の人達も写真を撮り回っている。
冷ややかな視線を向けるのは一般人のみだった。
「…湾ちゃーん…。」
「あっ!花子ちゃんごめん!ついテンションあがっちゃった!」
でもテンションを下げる気は無いようで、一人「沖土ィィィィ!!!」と騒ぎ回っている。
他の人もそんなテンションなのだけど。
「花子ちゃん見て!Look at this!!!」
アルさんじゃないけど、そこそこ発音のいい英語で私の視線を集める湾ちゃん。
そこには、いつぞやにシー君に見せてもらった本田さんの漫画の、レミアちゃんとこころちゃんとゆよちゃんが居た。
アルさんの好きな金髪巨乳、シー君の好きな天然美少女こころちゃん、私が一応好きだと言っておいたツンデレロリ子なゆよちゃん。
目の色から髪のウェーブ、アホ毛まで完璧に再現されている。
これが、いわゆる完コスってやつですか。
一応、本田さんの漫画だし…。
私も携帯で撮らせていただくことにした。
にしてもみんなかわいいな…。
そんなことを思いながら湾ちゃんの暴走が収まるのをただ待った。
「花子ちゃん!そろそろお店にいくわよ!待たせてごめんね!」
「あ、いや、うん。」
湾ちゃんは長い髪を靡かせ、黄色と青の看板の店へ向かった。
なんだろう、このイヤな予感は…。
その予感は的中したようだった。
「……。」
別に、オタクに偏見がある訳じゃない。
でも、私はオタクじゃないよ、湾ちゃん。
青と黄色の印象的な某アニメショップ。
私たちが訪れたのは、その店だった。
「あ、花子ちゃん嫌だよね?外で待っててもいいよ!」
「…いや、中入る。」
湾ちゃんのかすかな優しさを振り切って、中に入ることにした。
寂しいわけじゃないけど、なんだかかなしいし。
私もこういうのに興味がないってわけじゃない。
湾ちゃんについていけばいいか、なんて思ってふらふらと歩いた。
でも、中に入ると湾ちゃんは別人だった。
同人誌を漁り、キャラグッズを篭に放り込み、買い物はポイントカードで。
正直、呆れている。
そんなさなかに、私は声をかけられた。
「…花子、さん?」
二、三回聞いたことのある低い声。
「本田さん!」
なんと其処に居たのは本田さん。
昨日ぶりですね、と柔らかい笑みを浮かべると、本田さんも返してくれた。
ああ、なんだか癒されます。
「花子さんもこう言うの好きなんですか?」
にこ、と笑っている本田さんの手には確かに青いビニールが握られている。
こういうの、とは二次元のことだろう。
「え、いや別に…湾ちゃんの付き添いです。」
「では湾さんも居るのですね。」
「はい。」
本田さんは湾ちゃんに顔を見せようと思ったのか、立ち去ることがなかった。
あ、そういえば、とあることを思い出す。
買ったばかりの携帯電話を開いてボタンをいじくった。
データフォルダからさっきに撮ったレミアちゃんとこころちゃんとゆよちゃんの写真のデータを開く。
それを本田さんの前に持っていった。
「……花子さん、これ…。知ってるんですか?」
本田さんは禍々しい空気をまとって私を見た。
「し、シー君に漫画見せてもらって…」
いけなかったのかな、そう心の奥底で思う。
だが、言いかけたところで、自称お爺ちゃんのはずの本田さんはピーターくんGJ!と叫んだ。
思わずびくり、と肩をはねさせる。
オタクさんはいちいちテンションが高い気がする。
みんながみんなこうとは限らないけど。
「おまたせ…あ!本田さん!」
「こんにちは。湾さん。」
声をかけたのは湾ちゃんで、買い物を済ませたようだった。
腕には青いビニール袋。
そういえば湾ちゃんは本田さんを尊敬してるんだっけ。
ふと考えて、二人の話題に耳を傾けた。けど、それを一瞬にして後悔した。
「あの、本田さん!花子ちゃんをミクコスさせたら似合うと思いません?」
「わかります!リンも捨てがたいですがここはミクですよ!とらぶるなら春菜ちゃんで…。」
話のふたを開ければ、なんだか私に似合うコスプレの話。
なにやら熱弁する二人。
春菜ちゃんやらミクやらと、聞いたことのない女の子の名前が羅列される。
「じゃあ花子さん!今度ミク衣装を持ってうかがいます!!」
「…はぁ。」
二人の間で私がコスプレすることは決定事項のようだった。
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