メデューサという怪物がいるらしい。
髪は蛇、肌は青銅の鱗。背中には大きな金の翼。
そして、その瞳を覗き込むと石になってしまうという。

――石になるというのは、私の成分がそのまま石になるのだろうか。

石と定義されたものの成分を深く考えてしまうのは彼と付き合っていることが原因。
石とは?宝石?鉱石?
灰色のコンクリートのようなものを想像しがちだが、案外そうでもないのかも知れない。
私の心臓が、血液が、皮膚が、石になるのだろうか。

そこまで考えて、本を閉じた。
表紙に金文字で『世界怪物辞典』と書かれたそれ。
なぜここにこんな本があるのかは分からない。
私たちに馴染みのあるポケモンとも人間とも違う生き物をまとめたその一冊は、ずっしりと私の膝の上で存在感を放っていた。


「ダイゴさん。」
「なに?」


首を傾けてこちらを向くダイゴさん。
その手には手のひらサイズの鉱石と、それを磨く布。
私が『世界怪物辞典』を読んでいる間、趣味に没頭していたようだ。

さっきまで開いていたページをもう一度開いて、ダイゴさんに渡す。
それを受け取ったダイゴさんはそのページをみて、「ああコレか」と言った。
ダイゴさんの部屋にあった本だから当たり前といえば当たり前だけど、そのページに見覚えがあったらしい。


「一生懸命何を読んでいるのかと思ったら、メデューサを調べてたの?」
「いや、暇だったから読んでたんですけど、そのページが気になって。」
「…そうだね。まぁ僕もこの本を買ったのはこのページが読みたかったからなんだけど。」


…ハードカバーで結構なお値段のしそうなそれを、ただ1ページを読みたいが為に購入する。
なるほど、天下の御曹司ツワブキダイゴはやっぱりすごいんだなと思った。
メデューサのことを差し引いてもこの本はなかなか面白いし、それ以外価値がないというわけではないけれど。


「で、どうしたの?こんなページ見せて。」
「…ダイゴさんは、私が石になったほうが愛してくれますか?」


我ながらバカみたいな質問をしていると思った。
世に言う普通の男性ならそんなことはないと、二つ返事で返すんだろう。
でも彼は違う。
チャンピオンよりもストーンゲッターとして名が知れているツワブキダイゴなら、どう返事するか。
やっぱり石のほうが好き?それとも人間としての私を愛してくれている?
深刻に悩んだわけじゃない。石に嫉妬したわけではないとは言い切れないけれど、本当に『少し気になった』程度なのだ。

指輪の嵌った左手で本をなぞり、パタンと音を立てて閉じる。
それをそのまま私につき返してきたので、私はもう一度その本を膝に置いた。


「何て答えてほしい?」
「…え」
「そんな質問をするんだから、何かしら理由があるんじゃないのかな」


子供に話しかけるように優しく言葉を紡いだ。
ダイゴさんの後ろでさっきまで磨かれていた鉱石が光を浴びてキラキラと反射する。
私も石になったらあんなふうに大切に扱ってもらえるのかな。
ダイゴさんが私を大切に扱ってくれてないわけじゃないけれど、壊れ物の石は私の数百倍大事にされている気がする。


「もしかして石に嫉妬した?それなら謝るよ」
「そういうんじゃ…ん、それもありますけど、違うんです。」


石と私どっちが大事なの?
そんなことを聞くつもりはない。
ただ、私が石だった方が愛してもらえたのかな、なんてそんなことを考えただけ。それだけ。


「…おいで」


ダイゴさんが優しく両腕を広げた。
彼のクセで、胸に飛び込んで来いという意味だった。
本を椅子に置いて倒れこむようにダイゴさんに抱きつく。
背中に腕を回してシワのないスーツをぎゅっと掴んだ。
私の背中にも暖かい手が回される。
ぽんぽんと子供をあやすように、規則的に背中を打っていた。


「僕はね、石が大好きだよ。癒されるしときめくし、見ているだけで幸せになれる。石との出会いは未知の世界との出会いで、僕の知らない煌きを持つ石をその手で見つけた瞬間は世界が何十倍にも広がったように感じる。石は僕にときめきと世界を与えてくれるんだ。」


夢を語る少年のような声で彼は言った。
抱きしめられていて顔は見えないけれど、きっとこの鉱石よりもキラキラした目なんだろう。
ああ、私は勝てないんだな、とあまりにもあっさり、すんなりと思った。
私のような人間一人が、世界に勝とうなんて思えなかった。

…それから彼の言葉は続く。


「でもね名前。僕は君に石になってほしくはないよ。」


いつもよりも優しい声だった。
背を打つ手が止まり、私の肩をぎゅっと抱きすくめる。
強まったその力に返事するように、私は彼の背に回す腕の力を強めた。


「ほらね、名前はそうやって答えてくれる。」


さっきとは違う声色。
夢を語る上向きの声でなく、今度は身近にあるものを慈しむような声だった。


「石を想うのは楽しいよ。見つめているだけでその世界に入れる。でもね、その世界で僕は一人っきりなんだ。石は声をかけても返事をしてくれない。ただ拒絶するように冷たく硬く輝いているんだ。それがまた石の魅力の一つでもあるんだけどね。でも君は違う。僕が抱きしめたら抱きしめ返してくれるし、声をかけたら笑いかけてくれる。好きだと伝えれば頬を染めて返してくれる。名前が居なかったら、僕は石の世界で一人きりなんだ。名前が居るから広がった世界が輝いて見える。そして、僕は名前と色んな世界を見たいと思っている。…まぁつまりは、名前に石になられたら僕が困るって話だよ。」


全てを語り終えたダイゴさんは満足げにしている。
が、その反面私はこの場から消えたくなっていた。
嫌だったわけじゃない。
私を受け止めてくれたことは本当に嬉しい。
…だけど、これは恥ずかしい。
世界が輝いて見える?私と世界を見たい?
きざな男だと思った。
よくこんな恥ずかしい科白をつらつらと並べられたものだと。
そしてそのセリフにどうしようもなくときめいている自分が恥ずかしい。
ああ恥ずかしい。ダイゴさんの言葉もそれに照れる私も。
ダイゴさんの肩に埋めた顔があげられない。
なんかもう涙が出そうだ。
今ならこの涙をこころのしずくに変えて、ラティアスとラティオスを呼べるかもしれない。
…我ながら意味不明なことを言っている。



石になりたいと思ったことがある。
でも、今彼の前でそんなことは言えない。
石が広げた世界を、私が輝かせてあげるから。
だからダイゴさん、私のことを愛してください!











120801
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我ながら恥ずかしい文章を書いたなと思います。


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