本日は真夏日。
テレビ越しに美人なお天気お姉さんが今日の暑さについて必至に語っているのが見える。
水ポケモンの皆様は茹らないようにお気をつけください、なんて大真面目に言ってのける彼女を、私はさりげなく応援している。
どっちかというと、水ポケモンは水中に入れるから大丈夫だと思うんだけどなぁ。
暑くない?と傍らのフローゼルに語りかける。
幼いころマキシさんに貰った私の大事な相棒だ。
フローゼルはぴゅっと小さく水を吹き、体を湿らせている。
エアコンを効かせているのもあるけれど、余裕なようだ。
…そう。エアコンが効いているうちは。

小さく音を立てながら稼動するエアコンをじっと見上げる。
すると、ナイスタイミングというべきか、いや、バットタイミング。
何もしていないのに、ヒュウとエアコンの稼働中を示すライトが落ち、風が止まった。
次に部屋の照明が点滅してから落ちる。
エアコンがなくなった部屋はじわじわと涼しさを失っていく。

フローゼルに声をかけて、私は家を飛び出した。
昼間だから分かりにくいが、町には電気が点っていない。
ああ、またか。
私は大きくため息を吐いた。

「フローゼル、ちょっと大変だけど、お願いしてもいい?」
「ふるるる…」

少し呆れたような返事を聞いて大丈夫と判断して、私は一番近い民家の扉へノックした。

「どちらさま?」
「こんにちは、名前です。停電したと思うので氷もってきました。」
「あら、ありがとう。」

顔の知れたおばさまが中から出てきて、家へ招いてくれた。
家にある一番大きな盥を用意してもらい、そこに向けてフローゼルにれいとうビームを打ってもらう。
これで簡易冷房。夏場のナギサは冷房無しでは地獄なので、停電の間はこれで凌いでもらうしかない。
日差しも強いから、すぐにソーラー発電で回復するだろうけど…それはヤツ次第だ。

「ごめんねいつも。ありがとうね」
「いえいえ、これも全部…アイツが悪いんで!」

じゃあ次のおうちに行きますね、と民家を飛び出し、また次の民家へ。
一通りの家へ訪問し終え、最後にやってきたのはナギサジム。
停電で開かない自動ドアをフローゼルにかいりきで開けてもらい、案の定えげつない暑さになっているジムの中へ進入。
どうやら今日はトレーナーは不在らしく、この暑さの中ジムに閉じ込められた不幸なトレーナーは居ないと知ってひとまず安心した。

真っ暗な部屋の中。
カチャカチャと何か金属を弄る音だけがジムだけに響いている。
首に伝う汗をシャツで拭い、私は静かに言った。

「フローゼル、水でっぽう!」

金髪を的に見立てるとちょうどド真ん中にフローゼルの水でっぽうは命中した。
さすがマキシさんのフローゼル。いや、私の相棒。
ふふん、と鼻を高くしていると、的もとい金髪の男デンジがゆっくりとコチラへ振り返った。

「…水没したらどうすんだ」
「まずそっちかよ…」

デンジの第一声にまた私はため息を吐くことになる。
一応ジャケットを脱いでいるが、まだまだこの室内は暑い。
私が水でっぽうを仕向けたおかげで汗をかいているのか水なのか分からない状態になっているが、きっと暑いだろう。
そして手にはなにやら太いコードと機械。
ジムの中ががらんとしていることから、またジムの改造を始めたのだと推測できる。
これがデンジの趣味だから納得いえば納得…なのだけど、町全体を停電させたことは納得できない。
ナギサの人々はもうなれたと笑っているけれど、ポケモンセンターに電力が足りなくなって大変なことになったらどうするつもりなんだ。
そういうわけで、停電が起こるたび私がデンジに怒鳴りに行くのが決まりみたいなものになっていた。

「あーもう。何回言えば気が済むの。改造は結構だけど、迷惑だから一気に電力使うのやめてくれる?」
「一応ポケモンに給電させてたんだよ。部屋の電気も全部止めてた。」
「…停電してるんだから意味ないじゃない…」

それ以前にこの男は最初からエアコンもつけてなかったというのか。
それはそれで死ぬんじゃないの。オーバーヒートしちゃうんじゃないの。
オーバーヒートと言った所でアフロ頭の暑苦しい友人の顔を思い出す。
やめて、今出てこないで。暑さで死にそうなのにあの顔を見るだけでまた汗が噴出してきそうだ。

「とりあえず電力戻るまで改造は中止。っていうかデンジも水分不足で死ぬよ?」
「今フローゼルが水くれたから大丈夫だろ。」
「大丈夫じゃない!とりあえずウチでシャワー浴びてお茶でも…っわ、」

デンジの腕を半ば無理矢理掴んで立たせようとすると、デンジがバランスを崩したのか私に一気に体重をかけてきた。
持ち前のスピードでフローゼルが後ろに回ってくれて倒れることはなかったものの、依然私に凭れ掛かるデンジを見ると、ものすごくぐったりしていた。
さっきまで平気で喋ってたのに!頬に触れるとめちゃくちゃに暑い。
ちょっとコレはヤバいんじゃないの。
日射病?熱中症?熱射病?分からないけど、危ないことだけは分かる。

「ちょ、重っ…ごめんフローゼル、もうちょっと堪えて。」
「ふるるる…」

たったままとはいえ、二人分の体重を預かって苦しそうなフローゼルを見て、とりあえずデンジの腰を折り、背を壁に付けるようにして床に座らせる。
その前に私がしゃがみ、フローゼルにデンジの身体を持ち上げてもらって背中に乗せて貰った。
つまりは、私がデンジをおんぶしている状態である。
流石に大の大人を一人でおんぶするような力はないので、後ろからフローゼルに支えてもらっている。
このまま外に出たら目立つこと間違いなしだが、仕方ない。
この暑さで外に居る人も少ないだろうと見込んで開いたままの自動ドアからのっそりと脱出した。

身長がある割に細いから思ったよりも軽くて、ムカついたのは別の話である。






ウチにデンジを連れて…いや、持ってきて、ソファに寝かせる。
キャモメにかぜおこしで風を送ってもらい、フローゼルに氷を作ってもらいそれでデンジを冷やす。
そしてその横で床に座ったまま無理矢理にドリンクを飲ませるのが私。
デンジをパンイチにひん剥いているので、この状況は端からみたらなかなかシュールだろう。
誰かが尋ねてきたらちょっと困るな…。
ドアを睨みながらぬれたタオルでデンジの汗を拭いた。

…っていうかコイツホントにバカだよなぁ。
町を停電させないためにエアコンも照明もとめてジム改造。
しかもその甲斐なく街は停電。おまけに本人はぶっ倒れる。
そしてなんで私がこのバカの面倒をみてるんだろう。
無駄に整った顔にぬれタオルをぐりぐり押し付けてみる。
バカ。アホ。改造オタク。引きこもり。なーにが俺と対等に戦える挑戦者が居ない、だ。
日頃の不満を脳内でささやいてみる。
聞こえないのをいいことに罵詈雑言のオンパレードだ。

「こんなバカなことしてたら挑戦者が来てもポケモンより先にデンジがぶっ倒れるぞー…」

小さな声で呟いたつもりだったけれど、起こしてしまったのか、デンジが少し唸った。
どっちかというと起きてもらったほうが助かるのだけど、唸っただけで動きはない。
なんだ、と未だ着かない照明を見上げていると、ずしり、と胸に重みが来た。
視線を降ろすと寝返りでも打ったのか、ソファから崩れ落ちてきたデンジが居る。
偶然だろうけど、私の胸に顔を埋めている。すげー腹立つ。

苛立ちをあらわにした顔で押し返そうとした瞬間に、すいませーんの声と同時にドアが開いた。
驚いて手が滑る。力が抜けて、デンジの体重がそのまま私にのしかかり、私は床に頭を打つことになった。

「いっ…!な、なんですかー?」

ドアを開けたのは近所のおばさま。
客人にイラついた顔を見せるわけにもいかず無理に笑顔を取り繕って返事をすると、おばさまはまぁまぁまぁ、と頬を桃色にしてなにやら嬉しそうに口元を押さえていた。

「え」
「名前ちゃん、デンジさんとそういう関係だったの?やだもー言ってくれたらよかったのに!おばさん知らなかったわ!」
「え、ちょ、え?」
「あーっタナカさん!ちょっと聞いて!名前ちゃんがねー」

何か用事があったんじゃないのか、おばさまは私と目をあわせることもなく再び家を飛び出して行き、外に居たお友達に声をかける。
…い、いやな予感がする。

「今ね、名前ちゃんとデンジさんが…」
「あらあら!そうだったの?前から怪しいとはおもってたけど…」

私とデンジがなに?怪しいってなにが?え?
今度は私の頭がオーバーヒート。
目を回していると、デンジが意識を取り戻したのか、私の胸から顔を上げた。

「っあれ、俺…なんで…」
「ッデンジのバカーーーーーーーー!!!」




余談だが、私のこの叫び声は222番道路まで響いていたらしい。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -