「名前ちんって俺のことすきなの?」

最近言われたその言葉は私の愛しい彼氏からのもので、それでもってちょっとショックな言葉だった。

ぽかん、と口を開けて呆ける私に相反するように敦くんは顔を少し、むっとさせている。
好きだよ、そう言いたかったのだけど、うまく口が動かなかった。
その言葉に偽りはないはずなのに。なんでだろう。
確かにはじまりは敦くんの言葉だったけど、私は敦くんが私を想うよりずっと、それに負けないくらい敦くんのことが好きだし、それがなんとなく伝わってると思っていた。
でも現実はそうではないらしい。

「えっ…と、その」

やっと出た言葉はそれをはぐらかすような曖昧な言葉で、敦くんはいつもの気の抜けた顔とは違う、眉間にシワを寄せた難しげな顔をする。
にへらにへらといつも貼り付けている緩い笑みは今まったく見えない。
ちょっとまずい、なんて開いた口のまま頬を引きつらせる。なんだか、顔が近い。気がする。

「あつし、くん…」
「だって俺まだ名前ちんの口から『好き』って聞いたことないんだけど」

ギクリ、と肩が震えた。
別にそれは敦くんのことが好きじゃないとか、そんなんじゃなくて。
前述した通り敦くんのことは世界で一番大好きだし、それに偽りはない。
ただ、それを言葉にしたかと言われれば、自信を持って首を振ろう。勿論、横に。

これは私の愛が足りないとかじゃあない。
ただ私がとんでもなく恥ずかしがりやで照れ屋なのだ。わかって欲しい。
手を繋ぐのもキスをするのも、敦くんがごくごく自然に照れる間もないような流れで誘ってくれたから、クリアすることが出来た。
でもこれは、これだけは自分から勇気を持たないと。
本当は何度か言いかけたこともある。
「名前ちん、好き」って言われるたびに、本当は「私も」じゃなくて、「敦くん好き」と言いたかったのだ。
意味は同じだって言われても、言葉には重みというのがある。
直接的に好きって言われたほうが、私だって嬉しい。
でも、それが出来ずにいる。私だけどこかに立ち止まっていた。

さっきより近づいた顔。
ゼロ距離にはそろそろ慣れたけど、このもどかしい状態のまま見つめられるのは、なぜだか恥ずかしかった。
キスをするときはいつも目を瞑るからかもしれない。
敦くんの存在を唇で、全身で感じていても、視覚では感じられていないのだ。
だからこんなに近づいて、薄ら開いた目を飾る睫毛が少し長いなと今やっと感じる。

「敦くん…?」
「名前ちん、言って」

ずずい、と効果音がするような距離の詰め方だった。
敦くんの部屋のベッドの端、もう片方までは身長が理由ですごく遠い。
逃げれる、そう確信して敦くんから逃げるように後ろへ下がった。

「好きって、言えないの?」
「っいえない…わけじゃ」

ないんだけど。
恥ずかしいのだ。
でも拒否をすればするほど敦くんは求めてきて、機嫌は悪くなる。
顔は近づくし私だって恥ずかしくなる。
最初は近づくだけだった距離も、段々敦くんが上に食い入るようにして、気づけばパタンとベッドの上に倒れていた。

(…アレ?)

奥さん、この状況まずくないですか。

両隣には敦くんの長い腕。
まるで籠の中にいるようだ、と思う。
でもその籠は鳥かごよりも頑丈で、ちょっとやそっとじゃ破れそうにない。
そして、私以外の何か獣を閉じ込めているようにも感じた。

「…言って」
「うあ、えっと、その…」

ちょっと怒ってる?
そんな風にもとれる声色だった。
迫る敦くんが怖くて、でもどこか滲み出る色気に中てられて、なんだか気恥ずかしくて、やっぱり言えない。
言わなきゃ、なんだか言わなきゃ本格的にヤバい気がする!
私の中の誰かが警鐘を鳴らしている。
目の前には線がひかれていて、その線を越えると、なにか色々とまずい気がした。

「あ、あつしく…」
「言って」

怖いよ、なんて言い出せない。
そして、まずいだやばいだ恥ずかしいだ、なんだの言いながらも期待している自分がどこかに居ることに気づいた。
心臓がドクンと大きく音をたてる。

シーツの上を敦くんの腕が滑って、私の頬までたどり着いた。
指先で撫でられた場所が熱を持つ。恥ずかしさがどうしようもなくなって、唇を噛んだ。

早く言ってよ、指越しにそう伝わってくる。
私の輪郭を捕らえた長い指は固定して、敦くんの顔が近づいた。
いつものキス。
私が大好きなその感触。
それに安心しながらも、心臓はいつもよりも速く五月蝿い。
なんだか違う人みたい。でも感覚は、声は、私の大好きな人のものだ。

ちゅ、ちゅと態とリップ音を立てる。
それが恥ずかしくていやいや、と首を振るけれども、そのたびにまた煽られたように口付けてくる。
体温が上がってきて、目が潤む。
敦くんの手が、今までかけられることのなかったボタンにかかった。

私の中のどこかが疼く。
敦くんの顔はいつもよりも赤く、熱っぽい。
はぁ、と熱い息を吐いて体温を下げようとしても、逆にそれが空気を温めるようだった。

ボタンが外されて、胸に顔が寄せられて。
ココ敦くんの寮なのに。隣に人、いるんじゃないかなぁ。
男子寮にこっそり忍び込んだことも忘れて、少し期待してしまう私に体を任せた。

「あ、あつし…くん」
「なーに、名前ちん。」

当初の目的も忘れて、敦くんは夢中になっているようだ。
最初は私が好きっていうまでやめない、みたいな空気だったのに。
それを止めないのはやっぱり期待している私と、この熱っぽい空気のせい。

顔をあげて、また口付ける。
今度は深くて、頭を上げると持ち上げるように固定された。
子供みたいに唾液が口端に垂れて、それがまた恥ずかしい。
逃げるようにすると舌がちゅうと吸われた。
敦くんはこういうキスが好きだっていうけど、私は未だになれない。…そんなに回数こなしたわけじゃないけど。

「あ、あつしく…」
「名前ちん、好き」

口を離して、頬に、鎖骨にキスをする。
舌を絡めるよりも、こういうキスに愛を感じるのは私がまだ子供だからだろうか。

「あつしく…」
「ん、」
「好き…」

無意識、だったと思う。
こんな熱っぽい空気に当てられて、大好きな男の子にキスされて、迫られて、一線の前に立って。
されたくないならもっと早くに言っておけばよかった。そうじゃない。
期待している私と、羞恥心に塗れた私がその言葉を言うことを拒絶していた。
でもやっぱり、私の中の一つの感情が抑えきれなくなって、そんな二人の私を蹴っ飛ばしてまで、この言葉が口をついて出た。

シャツの間から肩に手を滑り込ませていた敦くんの手が、ぴたりと止まった。
少し前までの、唖然とした顔。さっきまで私がしていた表情。
段々赤くなってきて、私に委ねるように倒れ掛かっていた上体がすっと持ち上がった。

「え」
「………そーゆーの、反則でしょ」

バサ、と布擦れの音で世界が白く染まる。
掛け布団をかけられたことに気がついて、それを退けようとすると「だめ」と再び埋められた。

「な、なんで」
「むり。いや、だって、そんな、おれ、いま」

すげー恥ずかしい顔してるから。ダメ。

恥ずかしい顔なんてさっきの私とは比べようにならないでしょう!
私も敦くんの恥ずかしい顔がみたい!
脳内では少しそう思ったけれど、こんな彼を見るのは(見れてないけど)初めてだった。
私の一言に、名前を呼ぶ声に嬉しそうに笑ってくれるのはいつものこと。
でも、こんなに恥ずかしそうに照れているのを見るのは…初めてだ。

「あ、あつしくん。見たい」
「だめ。絶対ダメ。見たら嫌いに…はならないけど、ホントにダメ。マジで。やめて。」
「えー、見たい」
「だめだって!」

掛け布団を捲って見ようとすると、逆に敦くんがその掛け布団をかぶってしまった。
大きな体はやっぱり全部は一度に隠れないけれど、顔は十分に隠れてしまっているため見ることができない。

「あ、あつしくん」
「なに、みせないよ」

頑として布団をめくらない、と布団を握る力に手を籠めたようで、ぎゅっとシワが濃くなる。
少しいじわるしたくなって、布団に囁くように呟いた。


「敦くん、好きだよ」



耐え切れなくなった彼が布団と共に私を抱きしめるのは、3秒後の話。










120814
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けみ子さまリクエスト、『初々しい感じか、もしくは際どい話』です。
きわどい…?というよりは、いつもより大人めででも中身はいつもの紫原くんを意識してみました。
リクエストありがとうございました!


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