「んじゃー行ってくるから、ちゃんと鍵閉めとけよ。」
「そんなこと言われなくてもわかってるから!はやく行ってよ!」
「はいはい」

ガチャ、カチャン。
ドアが閉まって、錠がかかる音を確認してから部屋を離れる。
習慣になったその行動は、俺と妹が二人で日本に暮らすようになってからのことだ。

俺の妹は素直じゃない。
降旗にその話をすると、「それってツンデレってヤツ?」なんて言っていた。けど、俺にはよくわかんねー。
生まれた時から素直じゃなかったし、誕生日プレゼントをくれるときも「別に誕生日とか知らなかったし、偶然今日おにいの好きそ

うなタオルが売ってたから」なんて言葉まで添えてくるようなヤツだ。
それがアイツの本心じゃないことも分かりきってたし、照れたような顔からアイツの気持ちを汲み取るのは難しくなかったから、そ

んなに気にしたことはない。
ただ妹の話を部活の先輩や黒子にしたときは、「火神きらわれてんの?」なんていらぬ心配をされちまったけど。

で、今日そんな妹に明日の練習試合の話をしてみた。
箸が苦手な妹は肉じゃがを摘むのに苦戦している。中学生でそれはまずくねー?と思いながらも、軽く動かして教えてやった。

「おにいの練習試合なんて、なんで見に行かなきゃいけないの」
「いや、お前どうせヒマだろ。友達もそんなにいね…イデッ」
「いるし!おにいと一緒にしないでよ!」

妹のケータイが額にクリーンヒット。地味に痛ェ…。
妹は箸のコツを覚えたのか、ひょいひょいと器用に肉だけ食べていく。
…って俺の肉まで食うなよ!
倍以上量の差がある俺の皿からも肉を持っていきそうになったので、皿を非難させると、ケチと唇を尖らせた。

「ケチじゃねーよ。ふとんぞ!」
「う、うっさい!成長期だからいいもん!栄養つけなきゃいけないの!」
「だったら運動してる俺のほうがつけなきゃいけねーだろ!肉寄越せ!」
「やーだー!」

ばたばたばたと食卓が一気に慌しくなる。
二人にしては賑やかなそこが、今の俺たちの家庭だった。







「で、結局火神妹は来るの?」
「さぁ…つーかいい加減名前覚えろ…ださいよ」
「名前なんだっけ?」
「名前っす」

久々の、しかも関東でなかなかの相手を練習試合相手に見つけたカントクは今日もゴキゲンらしい。
しかも妹の話をすると、こないかななんて鼻歌を歌い始めた。
いや、アイツきっと来ねーですよ。そういっても「来るって来るって」なんてスキップして回っている。

「なんだよ、カントク機嫌いいな。」
「っす、妹の話したらなんか…テンションあがってるみたいで」
「ああー火神妹ね。似てんの?」
「そんなに…っスけど」

想像つかねー、なんてキャプテンまで言い出した。
つーかそこまで俺の妹って興味持つもんなのかよ?
小首を傾げると、例の如くいつのまにかそこにいた黒子が「火神くんの妹さん、ちょっと気になります」なんていうもんだから、ビ

ビって仰け反った。突然でてくんな!

「そろそろかしらね!」

向こうの支度も終わったらしく、そろそろ始めましょう、という空気になる。
挨拶その他諸々を終えた後、試合が始まった。





第二クオーターが終わった後、少し開いた体育館の扉を見る。
やっぱり来てねぇよなー。
タオルで汗を拭きながら、ドリンクを飲みながらじっと見ていた。
ぼけっとしていたのがバレて、ガツンとカントクに殴られる。
イテェ!と声を上げると、「練習試合且つ圧倒してるからって気ぬくんじゃないわよバカガミ!」とまた一発貰った。
やっぱりカントクは暴力的すぎる!視線だけで伝えてみる。

それで、とカントクが話を戻して、俺も聞くかとカントクに視線を戻そうとした、そのとき。
ちらりと視界の端で何かが動く。意識してなきゃ気づかない程度の動き。
え?カントクに移しかけた視線を戻した。
ちょっと火神くん、とまたかかった声は途中で小さくなって、カントクもそっちに目を向ける。

ドアから体の1/3だけ出してちらりとこちらを覗いているのは明らかにうちの妹だった。

「ちょっと火神くん、あの子…」
「あー…そうッスよ。」

主語がなくても伝わった。
小金井先輩が興味を持って身を乗り出す。
それと同時に、カントクがずんずんと扉のほうへと向かっていった。
ひゅっと引っ込みかけた手を手早く掴んで、まさに『捕獲!』という感じで妹を扉の影から引っ張り出す。

「っ火神くんの妹ちゃん!?」
「だから名前だっつの!」

輝いたカントクの目、後ろでおお!と声が上がる。
初対面の人に腕を掴まれて怯える素直でない且つ人見知りの妹を助けるべく、俺はそっちに駆け寄った。

「かわい!うそ、ホントに火神くんの妹?!」
「なんで疑ってんですか!」
「だって!ほら眉毛分かれてないし!」

きゃー!と女子みてえなテンションで…いや、そうじゃない、女子らしいテンションで背の低い妹を撫で繰り回す。
小金井先輩も寄ってきて、また声を上げる。
結局、誠凛バスケ部全員がドアの前に集合することになった。

「うおー、ちっせえな」
「火神の身長は遺伝じゃなかったのか?」
「つーか目元くらいしか似てるとこねえ!」
「なんだか詐欺ですよね」
「詐欺って何だよ詐欺って!正真正銘俺の妹だ!」

黒子も珍しく妹に興味を持ったらしく、二号にするみたいになでていた。
妹は妹で大人数に囲まれて、話は聞いていたにしろ初対面の人間相手に完全にビビってる。
いつもは素直じゃない妹だけど、こういうときは俺に頼るしかないらしくユニフォームの裾をぎゅっと掴んだ。
やけに珍しいな、振り払うこともせず妹を見下ろす。いつもより、視線が不安げだ。

「お、おにい、」
「あー、いや、そんなビビんなって。」
「うん…」

控えめに俺に頼る妹を見て、またカントクがかわいい!と叫びだした。
ビビってんのか照れてんのか、名前は俺のからだの後ろにひゅっと隠れる。
体がちいせえから、俺の後ろに下がると全部隠れてしまった。

「ちょっと火神名前ちゃん隠さないでよ!」
「隠してね…っすよ!オラ名前びびんなよ、カントクだ。」
「カントクって、丸々はちみつレモンの…」
「あっ」
「おいちょっと火神くん、何教えてんの…?」

びきびき、と何かが入る音がする。
やべえ、と思ったときには体育館から声が響いてきて、試合再開の時間になっていることが知らされた。
…試合相手の監督、ナイス!

「まっずい!結局何も話してなかったわね…名前ちゃん、こっちにおいで、ベンチで試合見ようか」
「は、はい…」
「オニーチャン、ちゃんとかっこいいトコみせなさいよー!」
「おにーちゃんって言うなっすよ!言われなくてもそのつもりっす!」

準備してから試合再開。時計が動き出した。
いつも通りの動き、足を意識しながらプレーを進めていく。
たまにベンチを見たときに、いつもと違う影がちらつくのが気になった。
あの素直じゃない名前が、俺の試合見にきてるんだなぁ。
アメリカ時代は何度かストバスのタツヤとの試合を見にきてたけど、日本に来てからは初めてか?
そんなことを考えながらもプレーに集中。



結果は、誠凛の圧勝ってトコか。
挨拶を済ませて、相手さんは撤収の用意。
俺たちもこの後すぐに帰るだろう、ということで体育館のモップ掛けを始めた。
妹にちらりと視線を寄越すと、カントクについてまわって使ったドリンクボトルの回収をしている。
結構マネージャーの才能あるんじゃねえ?じっと見つめていたら「余所見すんなダアホ!」とキャプテンに頭をどつかれた。


「名前ちゃんありがとう、お陰で助かったわ!」
「い、いえ。カントクさんがいつも頑張ってるってのはおにいに…聞いてたので。」
「そうなの?…そっか。うん、ありがとう。よかったらまたおいで。名前ちゃんならいつでも大歓迎よ!」

カントクと名前が体育館の隅で話している。
どうやら試合中に解説やらなんやらをしていて打ち解けたらしい。
家では騒がしい妹が、借りてきた猫みてーにカントクの前では大人しいのがなんだか面白い。
人見知りしすぎだろ、またじっと見ててキャプテンに殴られそうになったけど、睨まれた時点で脚を動かしたので結局殴られることはなかった。






「じゃーバイバイ!」
「おつかれっしたー」

いつもの場所で先輩たちと別れて、帰り道を今日は二人で歩く。
さっきまでカントクたちに囲まれていたせいか、妹にいつもの威勢はない。
どうだったよ?とさりげなく聞くと、曖昧な返事が返ってきた。

「なんか、カントクさん…いい人だったね。」
「まーな。がんばってる。料理は壊滅的だけどよ。」
「でもすごくチームのこと考えてて、おにいのことしっかり見てるなーって思ったよ。」
「お、おう」

いつもよりしんみりした口調で語られる言葉がいやにくすぐったい。
妹じゃねえ女の子と話してるみたいになって、妙にそわそわした。

「お、おにいも」
「ん?」
「おにいも…がんばってた、んじゃない?」
「…おう」

背が高いと、妹が俯いたときに表情が見えない。これはいつものことだ。
表情が見えなくても髪の隙間から覗いた耳が見えれば照れてんだろうなって分かるし、困ったことはねえ。
いつぞやの誕生日のときみてーに、本意じゃないと言わんばかりの口調で話す。
本当は分かってる。俺がいつもより気合入ってたの、気づいてんだろーな。

「まーお前がみてたからかもな」
「っはぁ?!」
「んだよ」
「べ、べつに!」

俺がガラじゃねー言葉を言うと、目に見えて動揺する。
来てくれて嬉しいよ、みたいなキザな言葉を吐いてコイツの百面相を見るのは飽きない。
いや、まぁ…半分本心だけどよ。

「ま、まあおにいが私がきて勝てたんなら、またきてあげないこともないよ!」
「別にお前が来なくても勝て…イデッ」
「うっさいバカガミ!だあほ!」
「何覚えてんだよ!つーかお前も火神…っておい!」
「ばーか!ばかおにい!」


突然駆け出した妹を腕だけで追う。
マンションまでは10m。
いつもより晴れやかな笑顔の妹の襟を捕まえるために、俺も走り出した。










120814


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