「ただいまー」
「おかえり」
「お昼ごはんなに?」
「そうめんだよ」
「…え?」

ここまで会話して、私は違和感を今さらになって感じる。
半日で学校を終えて友達と少し寄り道してからうちに帰ってきた12時過ぎ。
靴を靴箱に仕舞ってリビングを覗き込むとキッチンで私の分のめんつゆを用意しているお母さんと、我が物顔でそうめんを啜っている幼馴染の征十郎がいた。

「なんでアンタが居るの…」
「今日は部活ないんだ。」
「夏休み前なのにいいの?大会近いんじゃ」
「それは僕が負けるとでも言いたいのかな」
「…違うけど。」

自信満々な顔でそうめんから口を離して征十郎は言う。
いつも思うけどこの完璧なまでの自信はいったいどこから湧いてくるのだろう。
高校受験を控えて不安でいっぱいな私に少し分けてもらいたい。

「っていうかバスケ部って毎日あるんじゃないの?手抜いていいの?」
「手を抜いてる訳じゃないよ。講堂は式典の準備で使えないし、サッカー部が明後日全国大会予選だからグラウンドを譲ってやったんだ。」
「…譲ってやったって、その言い方は…」
「僕も鬼じゃないしね。その代わり優勝しなかったら殺すって言っておいたから、今年は優勝だと思うよ。」
「去年は準優勝だったもんね。」

帝光中の運動部の成績が素晴らしいのはいつものこと。
そしてこの征十郎がこんなに偉そうなのもいつものこと。
お母さんがめんつゆを持ってきてくれたので、お箸で氷の入ったそうめんの山から食べる分だけそうめんをよそった。
征十郎も追加でそうめんをよそう。コイツこんなにそうめん好きだっけ。

「そうめん好きなの。」
「まぁ、好きな部類には入るんじゃないかな。」

恵理子さんのそうめんは美味しいね。なんて気前よく言う征十郎はなんだか怖い。
そして人のお母さんを下の名前で呼ぶのはやめてほしい。お母さんも照れないでよ。

「っていうかなんでウチでお昼ご飯食べてるの?自分ちで食べなよ。」
「いいじゃないかたまには。久々に名前の家に行きたくなったんだ。」
「久々にって……………久々だね。」

昔は毎日のようにお互いの家を行き来してたけれど、中3になってから征十郎がうちにくるのは初めてだというのをたった今、理解する。
…そういえば征十郎と学校以外で会うのも春休み以来だ。
部活があるから征十郎と登下校が重なることも滅多に無いし、クラスも違うから会うこともない。
同じクラスの紫原君からよく話は聞くけれど、バスケの試合もなんだかんだで見に行ったことはなかったなあ。

「名前は高校、どうするんだ?」

突然、征十郎から進路の話題を切り出される。
中3の夏休み前。少し耳が痛い。そしてお前は父親かと。

「今のとこ、誠凛あたりを考えてる…かな。征十郎はどうすんの。」

コイツ確か、全国模試で偏差値70くらいあったよなぁ。
だったら名門進学校に行くのかな。それともバスケの特待生にでもなるのかな。
どっちにしろ学校は選び放題のはず。
私みたいに近くて成績もちょうどいい学校が誠凛しかないなんてことはないんだろう。

「僕は洛山に行こうと考えてるよ。バスケの特待生の招待がきていてね。」
「へー流石。ラクサン?ってどこ?」
「…知らないのかい。」

征十郎がいくんだから頭がものすごくよくてバスケもすごい学校なんだろうなー。
そうめんを啜りながら頭の端でそんなことを考えた。
でも名前を聞いたことがないからこの辺にはない学校なんだろう。
やっぱり寮暮らしとかになるのかな。
こうやって気軽に会えなくなるんだろうなぁ。

「洛山はね、京都だよ。」
「きょう…と」

舞妓さんの?
…なぜだか和服の征十郎を想像した。そんなに悪くないと思う。
うーん京都って関西だよね。大阪の隣だったかな。地理は苦手だ。
他人事のようにそんなことばかり考える。

本当は分かってる。
征十郎が私にもう会えなくなるねって言いたいのだと。

「遠いね」
「そうだね。」
「いいじゃん。八ツ橋買ってきて」
「学校見学のときに買ってくるよ。何味がいい?」
「チョコ。なんか色んな味あるんだってね、テレビで見たよ。」
「そう。」

本当は八ツ橋なんてどうでもいいんだけどなぁ。
それでもなんだかんだで征十郎は有名老舗の八ツ橋を買ってきてくれるんだろうなぁ。
私のテンションが目に見えて下がっている。
それでも征十郎はなにも気にしていないようだった。
そして私も気にしたくなかった。
征十郎がいなくなる未来を感じて、心に穴が開いている感覚なんて知りたくなかった。

「僕がいなくなると寂しい?」
「…寂しくないし、悲しくもないよ。」

征十郎に向けて放った言葉は、私に言い聞かせるためでもあった。

「僕は悲しいかとは聞いてないんだけど…そうか。悲しいんだね。」
「そんなことない。征十郎がいなくなって…振り回されなくなって、ラッキーっておもってるよ」
「そうか。」

唇を噛み締める。
うつむいているから征十郎には私の表情が見えないのだろう。
でも、いつも彼は私の心を透かして見るような話し方をする。
というか、私が考えていることは大体バレている。
きっと今私がものすごく悲しんでいることも、きっと征十郎にはお見通しなんだろうなあ。

「まぁ名前が僕をどう思っていたって関係ないね。」

ぐさり、と征十郎の言葉が私の胸にえぐるように突き刺さった。
征十郎がいなくなるという事実と、その言葉によって私の胸の穴は広がった。
実際に穴が開いているわけじゃないけれど、物理的に開いたように息が苦しい。

「名前が居なくても僕は僕だ。僕がしたいことをする。」
「…昔からそうでしょ」
「そうだったね」

征十郎は私の意志を、心を透かしてみているくせに、それを全く気にも留めない。
それはずっと昔からのことだ。
私が外に出たくないといっても遊びに連れ出すし、ルールを知らないのに将棋をしようなんて誘ってくる。
私が泳げないと言っても海に連れて行く。
他の女の子と行けばと言っても、彼は容赦なく私の手だけを選んでしっかりとひいていく。

「僕がどうしてこんな時期に言ったかわかるかい。」
「…わかんない」
「ギリギリまで引き伸ばしていたら、言えなくなりそうだからだよ。」

何を、とは聞けなかった。
聞けなかったというよりは、征十郎の顔が「聞くな」と言っている様に見えたからかもしれない。

「君は出不精だけど、僕は君を今年も祭りに連れ出そうと思ってる。今年は部長になって春大会が忙しかったから、なかなかどこにも行けなかったね。」
「行く気ない」
「分かってるよ。でも名前の意見なんて関係ない。僕がしたいんだから連れ出すよ。秋には君は勉強したくないと言い出すだろうけど、図書館で僕がしっかり面倒を見てあげよう。それなりの高校に行ってもらわないとね。まぁもしかしたら、大輝や涼太も来るかもしれないけど。」
「私がどこ行こうが関係ないでしょ。」
「僕の幼馴染が高校浪人なんて恥ずかしくてたまらないよ。」
「関係ないんじゃなかったの。」
「君の意思が関係ないだけで、存在は関係あるんだ。」

意味分からない。
そうめんの山に乗せていた氷が溶け始めている。
お母さんはいつの間にか隣の部屋でテレビを見ていた。
リビングには征十郎の淡々とした声とお父さんが買ってきた時計の音、隣の部屋からバラエティ番組の賑やかな音が聞こえる。

「何が言いたいの。」
「今僕が名前に京都に行くということを言ったことで、名前は僕が居なくなった未来を考える。そして僕と居られる今を大切にしようと思うんじゃないかな」
「…。」

そんなわけないでしょ、とは言えなかった。

「僕もそうなんだよ。名前の意思はどうでもいいけど、会えなくなるのはやっぱり物足りない。だから今のうちに堪能しておこうと思って。」

今生の別れみたいな言い方だ。
お盆と正月には帰ってくるだろうに、そんな大げさに言わなくても。

「だから最初に聞いただろ。寂しいかって。」
「…。」
「君は寂しくないし悲しくもないと答えたけれど、僕は寂しいってことだけだよ。」

ぬるくなっためんつゆの入ったおわんを流し台に征十郎が持っていくことで、この話は終わった。
征十郎とこんな話をしたことが原因ではなかったけれど、この夏、私はいつもよりも素直に過ごすことができた。






( たった少しでも君と恋人でいられたら )









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