風の噂で聞いた話。
別に本人から聞いたわけじゃない。
それでも恋の病に罹った私を絶望に突き落とすには十分なことだった。

「おしとやかな女の人…」

トイレの鏡に映る私。
肌はそんなに白くない。どっちかっていうと、夏場だからちょっと焼けている。
私物がかわいらしいわけでもない。物腰が柔らかなわけでもない。
白いワンピースもフリルのカチューシャも私には似合わない。
…おしとやか、私からは真逆の場所にある言葉だ。

鏡をじっと睨んでいても、私が黒髪で色白の美人になるわけじゃない。
蛇口をひねり水を止めてハンカチで手を拭いてからトイレを出た。
ハンカチもフリルとかがついてるようなのじゃなくって、青い地味なヤツ。
ピンクだったら少しは変わってたかな。でも私にピンクは似合わないや。

「あ」
「…!」

ハンカチを握り締めたままトイレの前に突っ立っていると、火神大我その人に遭遇した。
私が今こんなにも落ち込んでいるのは彼が原因。
原因というよりは理由。彼に何かされたワケじゃない。
そういえばココは体育館から一番近いトイレだ。
きっと火神も用を足しに来たんだろう。
っていうかトイレ前で遭遇するって、なんかヤだな。

「まだ残ってたのか。もう5時だろ?お前部活とかしてたっけ。」
「…してないけど、なんとなく。」
「なんとなくって…」
「火神は部活…だよね」
「格好見たら分かるだろ。」

白いTシャツにバスパン。どっからどうみてもバスケ部員。
私はこの彼に片想いをしている。
席が微妙に近かったから、少しずつ話すようになり、少しずつ彼を知っていって、少しずつ好きになっていった。
理由なんて覚えてない。彼のどこが好きなんだって聞かれても明確に答えられない。
それでも、彼が好きだった。

火神くんっておしとやかな女の人がタイプらしーね。
そんな言葉を聞くだけで気が気じゃなくて、自分とは全く違う好みのタイプに絶望する。
今日からハンカチをピンクに変えて、日焼け対策をしだしたら彼は意識してくれるだろうか。
そんなことはきっとないけれど。

「…つーかなんかお前暗いな。」
「別に、そんなことはないよ。火神の頭が赤いからでしょ。」
「は!?それは関係ねーだろ…っつーかいや、マジで。なんか身内が死んだみたいなカオしてんぞ。」
「勝手に殺さないでよ…おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし。っていうか火神には関係ないでしょ。」
「関係ないっつってもよ、なんか気になるだろ…なんかあったのかよ。」
「あったといえばあったし、なかったといえばなかったかな」
「…めんどくせー」

そうだ。私はめんどくさい女なんだ。
いちいち好みなんか気にして。自分に自信がない。
好みじゃなくっても、誰もが振り向くくらいの美人だったら彼も見てくれたかもしれないのに。
ぎゅっとハンカチを握り締める。
用を足しにきたのであろう火神はその場を動こうとしなかった。
そうやってずっと私だけを見ててくれたらいいのになあ。
何度も見た夢。でもきっと叶うことはない。

「火神練習中なんでしょ。とっととトイレ行きなよ。」
「…そうだけどよ」
「なに、火神にまで私の暗いの伝染ったの?」
「なんつーか、お前がそうやって元気ないの見てると…こう、やる気なくなる。」

まさか私が彼のやる気を削いでしまうとは。
それは申し訳ない。だったらとっとと練習にもどってくれ。
そうはさすがに言えなくて、ずっと握りっぱなしだったハンカチをスカートの襞を弄ってポケットに仕舞った。
何か言いたそうな顔をした火神は、私がハンカチを仕舞うとぴく、と少しだけ動いて、また止まった。

「変な言い方になるけどよ、お前がそう暗いの見てると…なんか、色々…イヤなんだよ。」
「…イヤって言われても」
「日頃うるせーくらいに元気なのに、そんなに淡々と話されると…違うヤツみてェ」
「火神は私みたいに騒がしい子じゃなくておしとやかな子が好きなんだったら、淡々としてる方がいいんじゃないの?」
「まあ確かに…って、おま、え、それどこで聞いた?!」

おしとやかな子が好き、という言葉に目に見えて反応した。
このオーバーな反応が私の彼が好きなところの一つなのかもしれない。
やっぱりおしとやかな女の人が好きなんだ。
確定したその要素にさらに落ち込んだ。

「おしとやかな女の人…って例えば?委員長の神木さんみたいなの?」
「は?神木?いやあれはおしとやかっつーか…なんか暗いっつーか。」
「別に神木さん暗くはないでしょ…結構話すし。」
「そうかよ?でもオレ話したことねーし。暗いのはパス。」

おしとやか代表を暗いというとは、どうやら火神のハードルは相当高いらしい。
越えるどころか元から見上げる以外の選択肢が与えられていない私には全く関係のないことだったけれど。

「じゃあクラスで言ったらどんな子が火神的におしとやかなの?」
「おしとやかっつーか、女らしいやつ。」
「具体例を挙げてください。」
「…お前とか。」

びく。
身体が強張った。
…私がおしとやか?っていうか女らしい?
自分の耳を疑った。おしとやかって、白いワンピースが似合ってピアノが上手そうな子なんじゃないの?

「私白いワンピース似合わないよ」
「は?ワンピース?」
「…おしとやかといえば白いワンピースじゃん」
「そうか?いや、なんつーか…お前って女らしいだろ」
「ドコガ?」
「なんでカタコトなんだよ…ホラ、弁当とか。」

弁当はまぁ、自分で作ってるけれど。
もしかして弁当の中身の話?
一応女子らしい弁当…のような、小分けで彩り豊かな弁当を作っているつもりだ。
でもそれを火神が見てるとは思わなかった。
そういえば火神はいっつもパンだったなあ。

「あとなんか、こないだの家庭科の授業でもお前ミシンはやかっただろ」
「それは慣れだけど。」
「それでも…そういうのがおしとやかっていうんじゃねえの?」

…呆れた。
彼のおしとやか像とは、家事のできる女の子のことだったらしい。
そしてまさかその対象に自分が入っていたとは。
ポケットの中の地味なハンカチを握り締める。
どうやら君をリストラしてフリルのついた新入社員を入れずに済みそうだよハンカチくん。
さっきの暗さとは相反してにやける口もとを抑えるように顔を伏せる。
火神は「なんだよ?」と覗き込んでこようとするが、身長差のなせる業。彼に私の顔の中を覗き込むことは不可能だった。



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