大和と付き合い始めたのは高1の冬。たしか、クリスマスボウルで帝黒が設立以来初めて敗北した年のこと。
花梨を通じたただの顔見知りだったはずの私たちは、知らない間に親しく――というよりは、大和が一方的に関わってきていた――なっていった。
クリスマスが終わり、3学期。癒えない敗北の傷を抱いたまま、彼は私に告白した。
なんでこの人が?このタイミングで?っていうかなんで私?
そんな疑問も解決されないまま、私は知らぬ間に彼と交際していた。


それが約五年前の話だろうか。
過去の恋愛遍歴からして、きっと長続きしないだろうなと思っていたそれは、意外や意外、もう五年目に入っていた。
浮気はナシ。これだけ長いこと付き合っているとお互いを好きという気持ちがなくなったり、惰性で付き合っていたり。
倦怠期とか、そういうものが必ずといっていいほど付きまとう。
しかしこの男、大和は私にそれを全くと言っていいほど感じさせることなくここまでやってきた。全く、我が彼氏ながらよくやるとおもう。

大学も偶然、私の志望する大学と彼の志望する大学が重なり、現在は同居中。
高3のときには「どうせ大学も違うしすぐ別れるでしょ、私関東行くし」なんて思っていたのにこのザマだ。もはや運命かもしれないとまで思い始めた。

そんなこんなでいろいろなものを乗り越えたような乗り越えていないようなそんなところで、私と彼にも漸く難関が訪れたわけである。



「…アメリカ」
「ケケケ、やっぱり知らなかったか。」

大学内のカフェで二人用の席で向かい合うのは愛しい彼…ではなく、彼のチームメイト兼先輩。昔は敵だった彼は、今は優秀なチームの司令塔。
大和つながりで一応面識はあるものの、二人っきりでカフェで休憩するほど私たちの仲は知れていない。
というか、この状況を大和が許すはずがない。高校時代の友人、鷹くんくらいなら許してくれるかもしれないが、相手は油断ならないヒル魔妖一。

そんな彼と向かい合って、私が何の話をしているのか。それは他ならない大和猛のことである。
まさか本人から聞くより先に、この人から聞くことになるとは。
彼の切り出した話題は、アメリカのプロチームから大和へよい誘いがきているというものだった。

一度アメリカを追い出された彼からしたら、願ってもないようなことだろう。
そうでなくても、アメリカのプロ入りなんてよっぽどのことがなければたいていの選手は二つ返事でOKしている。
よかったじゃないですか。ヒル魔さんにそう返すと、ケケケわかってねえなと完全にバカにした顔で言われた。

「わかってないって、なにが」
「糞癖毛がアメリカに行くってことは、つまりお前はどうなる?」
「私…?」

そこまで言われて、ようやく理解した。ヒル魔さんの頭がよかっただけなのか、私の頭の回転が単純に遅かっただけなのか、私はそこに今言われるまで気づかなかった。

「つまりそういうこった。覚悟だけはしておけよ。」

ことを理解してから、口を動かすことができない私を置いて彼はコーヒーを飲み干した後札を置いてカフェを出た。
そうか、そうなんだ。
頭の中で反復して、漸く口が動いた。「アメリカ…かぁ。」そこは、言葉にするよりもずっと遠い場所だった。







二人で借りているマンションに一室で私は自分のベッドに寝転がりながら、今日のことについて考えた。
ヒル魔さんが言いたいのは、「大和はアメリカにいくからお前は置いていかれる。別れる覚悟をしておけ。」ということなんだろう。
なんとなく、いつかくるとは思っていたけど、こんなにすぐだとは。勿論、アメリカへ出るのは大学を卒業してからのことだろうから、あと一年ある。
でもその一年で何ができるんだろう。二十歳を過ぎてから、時が過ぎるのがとてつもなく早く感じる。今こうして悩んでることも、一年後には昨日のことのように思えるんだろう。
誰もいない部屋でため息をついた。五年間、一番近くに居た彼と別れるなんて、想像もつかなかった。
大和がいないと生きていけないなんてタチではないが、多少寂しくもある。
自分で言うのもなんだが大和はきっと私にベタ惚れだから、彼は大丈夫なんだろうか、なんて心配もする。

アメリカで、アメフト選手としてプロ入り。私と別れてアメリカに発ったとして、きっと彼はチームの花形として活躍するだろう。
顔立ちだって男前だと思うし、強いし、爽やかだし、女の子のファンもたくさんいるんだろうなぁ。
ハリウッド女優なんかと熱愛が報じられたりして、きっと綺麗なお嫁さんを貰って大きな家で暮らすんだろう。

私のいない彼の未来を考えていると、目頭が少し熱くなった。大丈夫。寂しくない。

もしも彼が私と別れないとしても、アメリカと日本の遠距離恋愛なんてできるんだろうか。
きっと無理だと思う。彼は向こうでスーパースター。私はただのOL(予定)。うーん、やってけない。

結局、どれだけ考えても答えは同じなのだ。彼はアメリカへ、私は日本で。別の人生を歩むしかないんだろう。
傷は早いほうが浅い。ヒル魔さんが知っているということは、大和はとっくの昔に知っているんだろう。(…ヒル魔さんだったら大和が知らないことを知ってても不思議じゃないけど。)
帰ってきたら、彼にその話を切り出そう。別れることを前提にしてれば、1年あれば耐えられる。うん。きっとそうだ。









「ただいま」

いつも通りの時間に彼は帰って来た。
ハードな練習を終えて、少し疲れた顔をして。
おかえり、と言うとぎゅっと私を抱きしめる。疲れたよ、なんて目を閉じる。…汗臭い。

「夕食は?」
「今日はカレー。ていうかシャワー浴びてきてよ、汗臭いから。」
「はは、厳しいなぁ」

いつもでしょ、なんて軽口を叩いて、大和を風呂へ押しやった。バスタオルを投げつけると見事にキャッチして、扉の奥へ消えていく。

…こんな調子で、あの話を切り出せるのだろうか。



「ふう、あがったよ。名前。」

上半身裸で、髪をタオルで拭きながら彼は風呂場から帰ってきた。
服を着ろ、と洗い立てのTシャツを投げるのも日常茶飯事。彼の鍛え上げられた肉体を見るのにももう慣れた。

「…なに」

いつもは感じないような視線を感じる。勿論それは大和からのものだけれど、不審に思って彼を見上げた。

「いや、やっぱり…こういうのはいいなあって」
「いつもやってるでしょ」
「そうなんだけどね、まぁ…うん。それだけだよ。」

さぁ食事にしよう、とTシャツを着た大和が席に着く。
カレーを彼の前に置いて、私も自分の分を用意して、いただきますをして。

やっぱり名前のカレーは美味しいね、なんて言う彼を少しあしらってから、いつもより美味しくできたカレーを頬張った。




さて、いつ切り出すべきだろうか。
食事を終えてソファに身を預けながらだらりと過ごすこの時間。
テレビにはどういう訳だか数年前にハリウッドデビューを果たした日本人、瀧くんが新しい映画の紹介と称してバカさを日本中にお披露目していた。高校時代に生で会ったことはあるけど、彼は今と違わぬバカだった。

「瀧くん、なんか普通に俳優だよね。」
「ああ、びっくりだよ。」

あんなにバカなのにねーなんてくすくす笑いながら、画面越しに瀧くんを見た。すごいなぁ、アメリカなんて。
この映画見たいなぁ、なんて言ってる大和に適当にあいずちを入れてから、もしかしてこのタイミングなんじゃ?と思い当たる。
そうだ、今こそ言うべきだ。言え!名字名前!

「あのさ」
「大和さ」

…こういう時に限って被る。
相性がいいのか悪いのか、うーん。始まろうとした会話はプロローグで終わってしまった。

「…そっちから」
「いや私のはそんな、たいした話じゃないし」

嘘、たいした話だよ。
そうか、なんて少し微笑んでから、大和はまた口を開いた。

「あのさ、この間の話なんだけどね。アメリカから…招待がきたんだ。」

まさかそっちから話を切り出してくれるとは。
ホントは知ってます、なんてことは言わずに、ただおめでとうとだけ言う。
それについての詳細なこと、チームとか、いつ頃だとか。大和は少しだけ興奮気味に話し始めた。…よっぽど嬉しいんだろうなぁ。

「それで、なんだけど。」
「うん」
「…名前に話があって。」
「…知ってるよ」

別れを切り出されるんだろうな、少し口角を上げて、態となんてことないように言ってみせる。

「…え」

が、それは大和にとってちょっとしたショックだったようだった。

そうか、なら話ははやいねとなる予定だった大和の反応は、目を見開いて、明らかに動揺していた。
何で知ってるんだ、そんな感じの言葉を顔に貼り付けたようだった。

「…ヒル魔さんに聞いたよ。覚悟きめとけって。」
「ヒル魔氏…が?」
「うん。アメリカの話も。」

だからそんな思いつめた顔しなくてもいいよ。
笑顔を作って、貼り付けて言う。
大和はなおさら心苦しそうな顔をした。

「…傷は浅いほどいいんだって。早いほうが、浅く済むから」
「…名前」
「はやく言ってよ。私、あんまり遅いと耐えられないよ。」

目を瞑って、言葉を待った。
さようなら大和。あと1年、どうするかなんて分からないけど、貴方はアメリカで頑張ってね。





「名前」
「はい」
「俺と」
「はい」

「結婚してください」



え?



いつの間にか両手で掴まれていた私の手。
目をあけると、いつもより真剣で、少し不安げな顔がそこにあった。

…って、え?結婚?

「えっ…なんで?」
「………なんでは酷いんじゃないかな」
「いや、そうじゃなくて、え、なに、結婚?って、え?別れるんじゃ」
「…俺はアメリカに行っても別れるつもりなんて全くないけど、名前はそんなつもりだったのかな」
「いいいいや、そういうわけじゃ、え…」

「…本当は、もっとちゃんとした場所でプロポーズするつもりだったんだ。指輪も用意して、ホテルのスイートルームなんかで。でも…キミが急かすから。」
「ご、ごめん…。」
「で、返事は?」


返事?ああそうだった、結婚?って私まだ大学生だし、いやアメリカにいってからだと思うけど、それにしたって、え?


「あの」
「はい」
「私、で…よければ」




お願いします。

言う前に抱きしめられて、視界が大和で染まった。テレビで場違いな瀧くんの声が聞こえたけど、きっと彼も祝福してくれる。結婚式は、盛大に挙げよう。


121208


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テーマ「人外ファンタジー」
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