ゲームセンターでうさぎをとってもらってから1週間。
黒木くんを気になりだして1週間。
あのクレーンゲームのクッションが気になりだして1日。

女子高生といえど、毎週毎週頻繁にプリクラを撮るわけじゃない。
でも日曜日に皆で遊びに行って、ウィンドウショッピングをしてみたりクレープを食べたりして、暇になってなんとなく来るのがゲームセンターなのだ。
そこで再び見つけてしまったのがこのクッション。
どうやら前に私が心を奪われて、黒木くんにとってもらったうさぎのモチーフのクッションのようだった。
ふかふかそうなそれに目を奪われるものの、やっぱりとれそうにない。
と、いうより、前のうさぎよりも大きくて正直難易度は格段に上だ。私じゃ絶対に取れないなぁ。
そんなときにふと思い出した黒木くんの言葉。
呼んでくれたら行く、とは言ってたけれど、部活で忙しい彼を呼び出すのは気が引ける。
でもあのクッションは欲しい…。

悩んでいるうちに一晩が開けて本日は月曜日。
斜め前の席でだるそうに授業を仕方なしに受ける黒木くんを横目で見つめた。
毎日の部活で疲れているのか、眠そうにあくびをしている。
…やっぱり難しいよなぁ。
運動部に所属していたことがないので、何時に部活が終わるかもわからないし、そもそも暇な時なんてあるんだろうか。
先週はテスト期間だったから部活がなかったものの、もしかしてこのままだと次のテスト期間まで暇がないんじゃ…。
そんなに先だったらクッションがなくなってしまうかもしれない!でも黒木くんはきっと忙しいし…。
悶々と悩んでいると、黒い頭がこちらを向いた。黒い頭、黒木くん。
視線が合って、びくっと肩を震わせる。なんだかデジャブ。ずっと見ていたのは私なのに、いざ振り向かれるとびっくりする。

「なんだよ名字、またゲーセンか?」

授業中なので少し抑えた声で、黒木君は言った。

「な、なんでわかったの…。」
「こんだけ視線貰ってりゃ気づくっての…。」
「そっか…ごめん…」
「いや、謝ることねーだろ。」

声を潜めての会話。
先生には気づかれていないらしい。と、いうよりも気にしていないようだった。

「でも部活あるから忙しいよね…?」
「まぁ夕方は無理だろうけど…夜ならいける。」
「よ、夜って…不良みたいじゃん…」
「それ俺に言う?」
「あっ」

そういえば黒木くん不良、いや本人を目の前にして言うのもなんだか悪いような…

「名字、喋ってる暇があるなら78ページの問3の(1)解け!」「っ、√3−4です…」「よし、授業を聞いているのはわかったから私語は慎め」「すいません…」

再び悶々としていたら、先生にあてられてしまった。
危ない。もしかしたら黒木くんが当てられていたかもしれない。授業中に話すのはやめよう。
少し振り向いた黒木くんがにやっと笑う。ばかにしてるのかもしれない。
むっとして睨み返すと、にやけた顔のまま前を向いて何かを書き始めた。やっと板書する気になったんだろうか。
すこししてから私の机に振ってきた正方形の紙。
正方形というか、正方形に折られたノートの端だった。
開いてみると、決して綺麗とはいえない字で「9時にゲーセン」とだけ書いてあった。
…行けってことだろうか。
その授業がその日の最後の時間で、結局その後黒木くんとは話すことのないまま学校は終了。
どうしようもなくなってしまった私はいったん家に帰った後、9時前にそのゲーセンへ向かうことにした。

そしてきたる9時。
約束どおり前に会ったゲーセンの前のクレーンゲームの前で待っているのだが、未だに来る気配はない。
嘘吐かれたとか?忘れちゃったとか?
16歳の私がここに居られるのは10時までだから、それまでにきてもらえないと困るなぁ。
そんなことを考えながらクレーンゲームのガラスに背中を預けた。

「ねえねえ」

後ろから声がかかる。
このシチュエーションにハッとして振り返るが、そこにはあの黒髪でなく、金髪の長髪のお兄さん二人が居た。
金髪といえば十文字くんに戸叶くんだが、彼らはこんなに髪は長くないし、根元までちゃんと金色だ。
このお兄さん二人は肩までの髪と、少し根っこが黒くなっている。あまり、綺麗とは言えなかった。
てっきり黒木くんだと思い振り返ってしまったものの、知らない人で怖くなる。
夜9時にゲーセンなんて私、もしかして不良だと思われてる?
強くかばんの持ち手を握り、何かご用ですか?と問いかけた。

「こんな時間までどうしたの?もしかして、彼氏にフられたとか?」
「そ、そんなんじゃ…」
「っていうか女の子一人じゃ危ないよ?俺らイイとこ知ってっからさ、一緒にいかね?」
「人を…待ってるんで、遠慮します…。」
「人?こんな時間に誰と?もしかして、エンコーとか?」
「マジかよ!純粋そうな顔して意外と…」

金髪のお兄さんたちは下品な笑みで私を見る。
的外れな想像と、お兄さんたちが気持ち悪くてかばんの持ち手を握る手に力を込めた。
私の怯える様子が面白いのか、お兄さんたちは私に詰め寄るように近づいてくる。
背後にはクレーンゲームのガラス。逃げ道は、ない。

「あの、やめてくだ…――」
「俺と待ち合わせしてんだよ」

お兄さんたちの奥に漸く見えた待ち人の姿。
少し疲れたような顔をした黒木くんがいつもより低い声で言った。

「あ?誰だよお前」
「誰って、ソイツの彼氏。どけよ。お前らに用はねーんだよ。」
「はぁ?…オイ、行こうぜ。」
「チッ、めんどくせー」

黒木くんの睨みとか姿勢とか、そういうのが利いたのかお兄さんたちは二人連れて去っていった。
かばんを握る手が赤くなっていることに気づき、手の力を緩める。
「おい、大丈夫かよ?」黒木くんの声が――さっきよりも優しい声が、私を安心させた。

「く、黒木くん…」
「あーその、ワリィ。やっぱり女子一人でこんな時間に来させるべきじゃなかったよな。」
「えっと…助けてくれてありがとう…その…私、」
「マジで悪かった。大丈夫か?何もされてねえよな?」
「う、うん。黒木くんが来てくれたおかげでなんとも。」
「…その言い方なんか恥ずいな。つーかなんだ。勝手に彼氏とか言っちまったな。」
「えっ、その、」

そういえばそんなことを言っていた。
さっきまではお兄さんがひたすらに怖くて頭が回っていたけれど、よく考えればすごいことを言っていたんじゃないか。
思い出して顔が赤くなる。その様子をみて更に申し訳なさそうにする黒木くん。いえ、大丈夫です…。

「か、彼氏のくだりは…大丈夫…。」

嬉しかった、なんて言えない。
恥ずかしくて、顔を下に向けた。黒木くんの顔は見えない。きっとまた、罰が悪そうな顔をしてるんだろう。

「もしも次があったら、今度は迎えに行くわ。で、今日はどれだよ?」
「あっえーと、あそこのクッションなんだけど…」
「コレ?前のうさぎと一緒のやつだな…まー200円くらいでとれっかな…。」
「本当に?」
「おー、任せろ」

チャリンチャリン、ピロン。
アームを動かして器用に穴にクッションを寄せる黒木くんの横で、私は再び赤くなる。
また、こうやってとってくれるんだろうか。
迎えに来るってどういうことなんだろう。そのまんまの意味だよね?
迷惑じゃないかな、さっきの彼氏のくだりも、本当にいいのかな。
色んな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
本日何度目かの悩み事をしているうちに。目の前にぬっとうさぎの顔、クッションが現れた。

「わ、すご…!」
「まーこの黒木浩二様にかかればこんなもんだろ。」
「すごい!ありがとう黒木くん…!」
「別にお前の金だしな。」
「お、お金ばっかり…」
「金は大事だろ」

それもそうだね、なんて笑ってみせる。
クッションをそのまま持って帰るわけにはいかないので、店員さんに大き目の袋を出してもらって入れてもらった。
その時にそろそろ10時ですよ、と声をかけられはっとする。
私は私服だけれど、黒木くんは部活帰りなのか、制服のままだった。
そうだそろそろでなくちゃ。
時間は9時30分。

「もう帰るか。お前の親心配してるかもな。」
「あっ、それは大丈夫。あんまり家にいないし…」
「…あー、そうなのか」
「べ、別に家庭の事情が悪いとかじゃないの!ただお父さんが漫画家で、お母さんがアシやってるから仕事場にこもってて…」
「なんだそういうことか。漫画家か。ならトガなら知ってるかもなー」

そんな話をしていると気がつけば歩き出していて、私の家へと続く帰路だった。
黒木くんと話すようになったのは1週間前、それもそんなに回数があったわけでもないのに、さらさらと言葉が出てくる。
仲のいい男の子なんていうのは滅多にいなかったけれど、彼と話すのはものすごく楽しかった。

「あ、ここ私の家…」
「おーココが。じゃあ次あったら俺迎えに来るわ。」
「次って…その、またお願いしてもいいってこと?」
「お前があのうさぎシリーズ、他に欲しくならねえならいいけどよ。」
「ほ、ほしい!」
「じゃあ次な。もう遅いから家はいっとけ。」
「う、うん。わかった…黒木くん、今日は本当にありがとう!」
「おー。じゃーな。おやすみ」
「おやすみ!」

夜道を歩いていく黒木くんの姿が見えなってから扉を閉め鍵をして、私は自室へともどる。
ついさっき私のものになったクッションを抱きしめて、ベッドにダイブした。


「黒木くん…」


おやすみの声が耳から離れない。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -