放課後、私がトランペットを欲しがる少年のように張り付いているのは楽器屋のショーケースではなく、クレーンゲームのガラス。
奥には景品のぬいぐるみたちが積みあがっていて、私の目はその天辺にいるうさぎに奪われていた。
かわいい。ものすごくかわいい。
この子を見かけたのはつい昨日、友達とプリクラを取りに来たときのこと。
クレーンゲームは別に得意ではないのだが、なんとなく見て回っているうちにこの子を発見。
ものすごく欲しいと思ったものの、女子高生の寂しい財布には100円玉が一つ。
寂しい。寂しすぎる。そして1回でとれるとは到底思えない。
その日は泣く泣く諦め、うさぎが誰かに取られないことを祈りながら、財布に紙幣をねじ込んでやってきた本日。
うさぎは誰の手にも渡ってはいなかったけれど、私にクレーンゲームの技術がないのは昨日今日で何もかわらない。
友達にこういうのが得意な人が居ればよかったのだけれど、「おい」残念ながら私の友達にそういう子はいなかった。
皆ゲームセンターに来るのはプリクラ取る為って言ってたし。彼氏居る友達はその彼氏にとって貰うとか言ってたけど、私にはあいにく彼氏は…

「おい!」
「はいっ?!」

背後から突然聞き覚えのない声で呼びかけられた。
びくっと肩を震わせて振り返ると、そこには見覚えのある顔が。
見覚えがあるというか、同じクラスの黒木くんだった。
同じクラスなだけで、正直話したことは片手で数えられるくらいしかない。
いつも十文字くんと戸叶くんと一緒で、ヤンキートリオみたいな認識だった。
一人でいるところを見たのは初めてでびっくり。
そして私に声をかけるということにもびっくり。

「いや、そんなにビビんなくてもいいだろ…。」
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて。」

おい、なんて大きな声で声をかけた割に、別に怒っているわけではないらしい。怒られるようなことをした心当たりもなかったけれど。
話を聞くに、あまりゲーセンにいそうにない私がクレーンゲームにへばりついているのをみて気になったから、というより、あまりにも必死そうに見ていて面白かったから声をかけた、とかそういうことらしい。
そんなに私、ゲーセンに似合わないのかな。黒木くんは少なくとも一人で来るようにはみえねーな、と笑って言った。

「で、どれなんだよ?」
「えっ、どれって…」
「いや、どれか欲しいからあんなにへばりついてたんだろ?」

ガラスにへばりつく私を思い出したのか、黒木くんはくつくつと笑う。そんなに面白かったんだろうか。恥ずかしい。
それよりも、この聞き方はもしかして、とってくれるのではないだろうか。
黒木くんってゲーム上手そうだし、もしかしたら。もしかするのではとうさぎを指差し、期待の視線を送った。

「そんな顔しなくても取ってやるよ。金はお前持ちな。俺今財布もってねえし。」
「そ、それはもちろん!えっと、いくらくらいいるかな…。」

所持金は1100円。既に1000円札は崩してある。
もしこれで足りなかったらどうしよう。
ゲームセンターの景品の相場を知らないので、不安げに見上げると、そんだけありゃー余裕だろ、と黒木くんは私の財布から1枚100円玉を抜き取った。
チャリン、ピロン、と音がして、移動ボタンの1が光る。
黒木くんは真剣な眼差しでガラスの奥を見つめ、ボタンを押し、器用にアームをうさぎの上に動かした。
アームがうさぎに引っかかり、持ち上げる途中にころんとぬいぐるみの山を転がり穴に落ちる。
黒木くんは小さくガッツポーズして、景品を取る穴からうさぎを取り出した。

「ほらよ。」
「あっありがとう…!」

数分前までガラス越しに見つめるだけだったウサギが今私の腕の中に。
多分今の私の目は子供みたいに輝いてるんじゃないかとおもう。
そして黒木くんにはバカじゃねーのなんて思われてるんじゃないかとおもう。
きっと私じゃ絶対に取れなかった。
黒木くんのことをタダのヤンキーだと思っていたのを詫びなければ。申し訳ない。
感謝とか羨望とかの気持ちが篭った目で彼を見上げると、居心地悪そうに頭をかいた。
きっと彼からすれば本当になんでもないことだったんだろう。

「なんつーか、お前そんな顔するんだな…。」
「そんな顔…?私そんな変な顔してる!?」
「いや、そうじゃねーけど。もっと真面目で固い奴かと思ってた。」
「そうかな…。まぁ黒木くんよりは真面目だと思うけど…」
「そうじゃねーよ。なんつーか、一人でぬいぐるみ欲しさにゲーセン来るような奴だと思ってなかった。」
「そ、それは…」
「いや、いい意味でな。」

いい意味、といわれると少し嬉しくなる。
私だって黒木くんのこと、怖い人だと思ってた。
入学当初小早川くんパシってるの見かけたし、バットもってたし。
でもこうやってぬいぐるみを取ってくれたりするような、優しい人だったんだ。
そう伝えると、黒木くんは照れくさそうに返事をしてくれた。

「まーなんだ。女子高生一人でゲーセン居んのはあんまりオススメできねーから、次からなんか欲しいのあったら俺に言えよ。」
「えっ、いいの」
「その代わり金はお前持ちな」
「それはわかってるけど…忙しいでしょ、黒木くん。」
「あー部活あるしな…でもまぁ、暇なときに呼んでくれれば、いくからよ。」

じゃー俺、格ゲーやってくるから。
私の頭を数回ぽんぽんと軽く叩いた後、彼はジャンジャラ音の鳴る対戦ゲームコーナーへと消えていった。
触れられた頭から、顔に熱が回っていく気がした。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -