「ああ、こんなところに居たのか。」

放課後、誰もいない教室。
窓から茜が刺すこの場所で、私は一人彼を待っていた。

「遅かったね。」
「ミーティングが長引いたんだ。すまない。」
「…いいけど。」

時計の長針は約束の時間から30分後を指している。
もうこないんじゃないか、そう思い読んでいた本をかばんに仕舞ったところで彼がやってきたのだった。

「今日はコレだ。」

かばんから赤羽が取り出したのは透明のCDケースに入った無地のラベルのCD。
どうみても商品ではないそれを私は受け取り、一度チャックを閉めたかばんからCDプレーヤーを取り出した。
カナル型のイヤホンを両耳に刺し、再生ボタンを押す。
脳内に直接音が流れてくるような感覚。
激しいギターの音。作られたドラムやベースの音が後ろで基盤を作っている。

…感想は、『イマイチ』だった。

「フー、どうかな。今日のは。」
「微妙。ギターが前面に出すぎて耳が痛い。早くドラムとベース探しなよ。」
「そうは言ってもなかなか音楽性の合う人間がいなくてね。」
「あんたの音楽性、ちっともわかんない。」

ギターは赤羽が直接弾いたもの。
ドラムとベースはDTMで赤羽が作った音だ。
少し前まではちゃんと生きた音だったのだが、音楽性の違いだかなんだかでバンドを解散してしまったらしい。
なかなか上手かったのに。勿体無い。
そんなことを赤羽に言ったって仕方ないのは私がよく知っていた。

「だから言っているだろう。僕と一番音楽性が合うのは君だと。」
「いや、私的には合ってないから。意味わかんない。」

私がなぜこうして部活にも入っていないのに放課後遅くまで残っているか。
それはこの赤羽に原因がある。

数日前の音楽の授業。
校長の趣味で『歌のテスト』が行われたのだが、そのときのことである。
出席番号順に指定曲を披露していくのだが、やっぱり赤羽は抜群の歌唱力で周りを驚かせていた。
そして他の生徒も盤戸生だから…というのは関係あるのかないのか、なかなかに歌は上手くて。
とうとう回ってきた私の番。しかし、歌うのが特別すきでもない私は歌を歌うのは入学式の効果斉唱以来だったりする。
完全にガチガチに緊張した私。人前で一人で歌うなんて初めてで、死にそうになりながらも一生懸命歌ったのだが、
歌い終わってから、一人立ち上がったヤツがいた。
それが赤羽。

メロディを歌いきり静かになった音楽室。
椅子を引く音、立ち上がる赤羽。集中する視線。
もうその時の恥ずかしいこと恥ずかしいこと。
後ほど聞けば、彼の心に私の歌が響いたらしく、あまりの素晴らしさに立ち上がってしまったとかなんとか。
まさかそこまでべた褒めされるとは思わなくて、でもちょっとうれしくて、ありがとうございますウフフなんて適当に返事をしていたら真っ直ぐな目で見つめられ手をとられて言われたのだ。

「僕のボーカルになってくれないか。」

いや、無理です。私そんなに歌うの得意じゃないです。
突然の申し出に驚きながらも、当然拒否。
が、意外とこの男、しつこい。
毎日毎日自作の曲を聴かせてきては、気に入ったら歌ってくれなんて言う。
最初は迷惑だなぁと思っていたものの、たまに気に入った曲があったり、元から音楽鑑賞が趣味だった私は結構この状況を楽しむようになっていった。
…歌う気はないけど。

そういうわけでここに至る。
バンド解散したんなら、ボーカルいらないじゃん。なんて言っても彼は聴く耳を持たない。
赤羽のが歌うまいんだし、自分で歌えばいいのに。

「…赤羽、毎日聞かせてくれるのはいいんだけどさ、本当に私歌わないよ?」
「そんなことを言われて僕が諦めるとおもうか?」
「…思わないけど。」
「じゃあ君が諦めてくれないか。そして僕のボーカルになってくれ。」
「それはお断りします。」

しつこい男、赤羽隼人。
CDを赤羽に突っ返し、もう帰るよという意味合いをこめてかばんを肩に引っ掛ける。
赤羽は私をサングラス越しに睨むように見て、フーとまた息を吐いた。
前から思ってたけどフーってなんなんだよ。

「…君は」
「はい」
「君は僕が君の歌唱力だけを目的に誘っていると思っているのか?」

意外な質問。いや、コレ質問?
歌唱力を目的に、なんていうけど別に歌が上手いわけじゃない。上手いだけなら他の人を誘えばいい。
赤羽が私を誘うのは、なにか他に理由があるから。
…だとは思うのだが、歌唱力だけを、といわれるとなんだか引っかかる。
歌の話以外、ってこと?

「え…っと?」

意図がつかめない。
赤羽の赤い目が、私を捕らえて離さない。
蜘蛛の糸につかまったみたいな感覚。彼はぬっと長い手を私に伸ばしてきた。
掴んだのは私の肩。
引き寄せられるように赤羽に近づいて、気がつけば赤羽と私の距離は間に15cmモノサシも入らないくらいになっていた。

「あの、近…」
「僕は」
「…。」
「ずっと君を見ていた。」

スッとサングラスを外す。
直接かち合った瞳に背筋が凍るようだった。
何コイツ、なんか怖いんだけど…。

「赤羽、あのさ…」
「僕は君がボーカルでなくてもいいんだ。」

人の話聞けよ、なんていえないまま赤羽は話しだす。
私がボーカルじゃなくてもいい?じゃあなんでこんなに執拗に誘うんだ。
目をそらせないままに赤羽の瞳を見つめる。
彼の目がだんだん血の色に見えてきた。怖い。もしかしてコイツ妖怪かなんかなんじゃないの。
的外れなことを考えているのがバレたのか、赤羽の眉間にしわが寄る。
ごめん、と口に出さないまま少しうつむいて、再び彼の目を見た。

「僕は君が隣にいてくれればそれでいい。」
「君がこうして僕の目をじっと見て離れないでくれればいい。」
「君を捕らえて居たいんだ。」

息継ぎもないような彼の科白。
それは槍のように私の体を突き刺して、動けなくする。

…なにいってんだこいつ。

真っ白になった頭の端でそんなことを考えていた。

「あ、赤羽?」
「好きだ。名字。」

…今言うの!?

「えっ、え?…え?!」
「フー、動揺しすぎじゃないか?」

いやこのタイミングで言われたら誰だって!
ってことはなに?
赤羽は別に私の歌が気に入ったからってわけじゃなく、単に私が好きだからボーカルに誘ってたの?!
それはそれで逆にショックだ。
こんな変人でも、私の歌が褒められるのはうれしかったのに。

「勘違いしているようだが、僕は人が好きだという理由だけで誘ったりはしない。君という人間の音楽性、君の歌の音楽性、全てが僕に合っていると思った。だから誘ったんだ。」
「…そうですか。」
「もう一度聞こう。僕のボーカルになってくれ。」

これは、遠まわしに告白の返事をきいているということ?
焦る私とは対照的に冷たい目で赤羽は私だけを見据える。
本気、なんだろう。ボーカルも、告白も。
じゃあ私も誠意を持ってお答えしなければいけない。
私の気持ちを、ちゃんと伝えなければ。

「――…赤羽、私…」
「おーい名前!ジュリが呼んでっぞー…って…え?」

ガラリ、と乱暴に音を立てて開かれた教室のドア。
振り返る赤羽。私を呼ぶコータロー。焦る私。後ろから走ってくるジュリ。

「フー、君という人間は、つくづく僕と音楽性が合わないな。」
「は?え、なんで?俺何もしてな…ってイテェ!おまっ、赤羽!何しやが…」

サングラスをかけ直して、教室のドアに寄りかかるコータローの脛を一撃してから、赤羽は教室を出て行った。
結局私の返事は聞いてもらえなくて、いやでもこれでよかったのか?なんて思いつつも空気が読めないコータローが腹立たしくて一睨みしてやった。




「…もしかして、俺なんかしでかしたのかよ?」







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -