「…うっわー」

神龍寺学院の門前に立ち尽くす私。
女子高生である私がなぜこの名門男子校を見上げているのかというと、幼馴染の忘れ物を届けるためである。

忘れ物というのは、昨夜、唐突に我が家へやってきて散々寛いだ後、何もなしに去って行った幼馴染のケータイだ。
人のベッドを占領して寛ぎ倒しやがったアイツのケータイなんかを届けるのはシャクでしかないが、今日は運良く(いや、この場合悪く?)半日授業。
アンタどうせ暇なんでしょ、なんてお母さんに言われてこうしてわざわざ神龍寺にやってきたのだった。
クソあのドレッド、性病にかかればいいのに。

そんな憎しみを込めながら見上げる階段。
たしか、1080段。
煩悩の数×10…。
せめて108でも多いというのになぜ10かけたのか。
…これは文化部の私を殺しにかかってるに違いない。

さて、どうしたもんか。
どうしようもこうしようも、登るしかないのだけれど、1080段も登ってちゃいつになるかわからない。
ていうかここの生徒は毎日ここを上り下りしているんだろうか。
1080段。踊り場のある学校の階段の段数を24段として、1080段だと45階分。
死ぬ。無理だわこれ。やめよう。

幼馴染本人にココまでとりにきてもらえればいいのだが、連絡手段であるケータイは私の手に。
ていうかアイツ学校来てんのかな。またどっかで女遊びしてたりして。
だとしたら本気で腹立つ。こうして私が態々ケータイを届けてあげにきているというのに。

「あのー…」

あーどうしよう!
1080段を登るのはどうしても避けたくてなにか策はないものかと唸っていると、後ろから遠慮がちに声がかかった。

「神龍寺に、何か用っすか?」

振り向くとそこには神龍寺の制服――つまりは道着を着た少年。
片手にはビニール袋。袋から察するに大手ドラッグストアのもののようだった。
恐らく、何かの買出しなんだろう。

「あ、あの!お兄さん!」
「えっ、はい(お兄さん?)」
「金剛阿含って…ご存知ですか…」

消え入りそうな語尾。
そう言うとお兄さんは心底驚いたような顔で阿含さんっすか、と呟いた。

「あの、忘れ物を…わ、私幼馴染でして、その、」

もしかして阿含の彼女かなんかに勘違いされたんじゃなかろうか!
必死に弁解すると、お兄さんはスッキリした顔でなるほど!と言った。
やっぱり誤解されていた様だ。
誰があんなヤツのセフレなんかになるもんか。

「…じゃあ中入ります?」
「え、いや、はい、そうしたいのは山々なんですけど、」

階段が…
その意を込めて、聳え立つ(というのはおかしいかもしれないが)階段を見上げた。
見上げるだけで首が痛い。長い。長すぎる。
どれだけ見ていても階段の段数が減るわけでもなく、お兄さんは目を合わせないまま苦笑いで私に言った。





「よければおぶりましょうか?」





何言ってんだ俺、と脳内で自分にツッコミが入る。
先輩のパシリでドラッグストアにテーピングを買いに行かされた昼休み。
学校に帰って来てさぁ階段を登るか、という時に見かけた他校の女子高生。
多分、近所の女子校の制服だったと思う。
男子校の前になんで?という疑問と、単純に女の子と話したいという不純な理由で彼女に声をかけた。


「あ、あの!お兄さん!」
「えっ、はい」

初対面の女の子にお兄さん!なんて呼ばれたのは初めてで(女の子と話すの自体そんなに数多くないっすけど!)、少し面食らう。
どうやら彼女のお目当ては阿含さんのようだった。
と、いうと阿含さんの彼女かもしくはナンパした女の子か?と思ったが、いつも阿含さんが連れている女の人は髪を染めていたりメイクが凄かったりでとにかく派手。
でもこの子はそんなことがなく、黒髪にあまり短くないスカート。校則なのか、メイクもしていない。
いや、それでも鬼かわいいんすけど。
どっちかっていうとこういう子のほうが好み…ってそれはどうでもよくて!
とにかく、いつも阿含さんが連れてる女性とはあまりにもイメージが違いすぎた。
こんな人が阿含さんと?なんかちょっとショックなんすけど!
少し驚いた顔で彼女を見ていると俺が考えていることが伝わっていたらしく、幼馴染だと必死に弁解された。
その様子がまた鬼かわいい。焦った姿が鬼かわいい。
阿含さんの幼馴染ってことは雲水さんの幼馴染?うわ、鬼羨ましい…。

「…じゃあ中入ります?」
「え、いや、はい、そうしたいのは山々なんですけど、」

不安げに彼女が見上げるのは階段。
やっぱり並の、っていうか鍛えてる人でもよっぽどでなければ女の子には大変な距離だ。
今でこそ割と慣れて、ココを上り下りするのにも余裕がでてきたけど。

忘れ物というから俺が預かればとも考えた。
が、あの阿含さんの忘れ物を迂闊に受け取るわけにはいかない。
物によっちゃ俺が危ない。命とか。色々。
じゃあ彼女を上に連れて行く…といっても登って行くのは難しいし…。
考えた結果、口をついて出たのがこの言葉だった。



「よければおぶりましょうか?」



おぶる、というと、そのままおんぶするということ。
おんぶといえば、ものすごく密着するということで、もしかしたら、俺の背中に柔らかいものとか…。
ダメだ。考えただけでのぼせそうだ。
っていうか、初対面の人にそんなこと言われたら絶対ヒくよな。
俺って鬼気持ち悪いって思われてんのかも…。
やっぱり嫌ですよね、なんて笑って流そうとすれば彼女はなるほど!とかそんな、さっぱりした笑顔で言ってのけた。

「じゃあおねがいします!」


…え?
聞き間違え?いや、そんなはずは、だって彼女はものすごい笑顔で、

「い、いいんすか…?」
「いやそれはこっちのセリフで…私重いですよ?」
「だっだ、だ、大丈夫っす!鍛えてるんで!余裕っすよ!」
「…ならいいんですけど」

ああもう仕方ない、やるしかない。
どうぞ、と屈んで背中を差し出すと、肩に彼女の柔らかな手が置かれる。
うわ、家族以外の女の子に触れられたのって、いつ以来だろう…。
熱が集まる顔が彼女から見えないように俯くが、恐らく耳まで真っ赤なんだろう。あんまり意味はないかもしれない。
ゆっくりと遠慮がちに彼女の体重が俺の背中にかかる。
重いとか言ってたけど、全然そんなことはない。
むしろ軽すぎるんじゃ、なんて重さに驚きながらも俺はゆっくりと腰をあげた。
彼女の足が地面から離れることにより、より密着する身体。
俺の手は彼女の太ももにかかっていて、自分のとは違いすぎる触感に心臓が跳ねた。
やばい。心拍数がおかしい。俺死ぬんじゃ、いやでもこのまま死ぬなら本望で…。
ああ、なんか今雲水さんの渇が聞きたい。俺もうダメっす。

「あ、あの大丈夫ですか?」
「えっあ、いや、スイマセン!大丈夫っす!」

行きますよ、と声をかけてから階段に足をかけた。
一段、二段と登って行く。
やっぱり背中に重さがあると疲労も比ではなかった。
それでも彼女にかっこいい姿を見せたくて、何でもないようにダッシュで登って行った。

「せんななじゅうはち、せんななじゅうく、せんはちじゅう!」
「ついたー!」

ようやく門前に到着。
彼女を背中から下ろして、俺も息を整えた。

「ありがとうございました、おかげで助かりました…」
「いや、大丈夫っす。トレーニングにもなったし…。」

疲弊と彼女の眩しい笑顔に目が眩む。
門をくぐると、あまりにも俺が遅いと思ったのか、山伏先輩と雲水さんが居た。

「おい一休遅かっ…ってお前誰だその女の子!うらやま…けしからんぞ!」
「っ、いてえっす!」

山伏先輩からの拳骨をお見舞いされた頭頂部を摩って彼女を見ると、雲水さんと親しげに話していた。
どうやらあの双子の幼馴染だというのは本当のようだった。
あー鬼うらやましい…。

「…阿含の忘れ物?それなら俺に言ってくれれば下までとりにいったのに。」
「あーそういえばそうだね!忘れてた!」
「忘れてたって…」

阿含さんはまたサボってどこか遊びまわっているらしく、忘れ物らしきケータイは雲水さんに渡されていた。
やっぱり俺が預かっても大丈夫だったのかもしれない。
…でも役得だったし、うん。

「あの、細川くん。」
「え、あ、名前…」
「いま雲水に聞いたの。ほんとにありがとう!」
「いやそんな、俺も堪能…じゃ、なく!トレーニングになったし、困ってたみたいだったから…」

俺の目をみて話す彼女はやっぱり可愛くて、少しでも直視すれば顔が赤くなりそうだ。
失礼にならない程度にチラチラ見ながらも、やっぱり目があわせられない。
やばい、鬼かわいい。阿含さんグッジョブ。

「細川くん、よければさ、その…メアド教えてくれないかな」

えっ、
突然の要求に体が強張った。
後ろで山伏先輩がなにやら怒鳴っているが、俺の耳には入らない。
まさに彼女以外の世界がモノクロにみえる、みたいな。
そんなロマンチックな感じだった。

「い、いいっすよ」

嬉しい。本当はすごく嬉しい。
女の子のメアドなんて初めてなんじゃ、そわそわしながらもそれを察せられないようにクールぶってケータイを取り出した。
赤外線でアドレスを送る。便利な世の中になったよね、なんて笑って見せる彼女に眩暈を感じながらも彼女から届いた電話番号の添えられたメールから、俺の電話帳に一人女の子の名前が追加された。

「またメールするね」
「俺も…する」

昼休みもあと少し。
本当はもう少し彼女と話していたかったけど、時間と山伏先輩が許さないようで、彼女は雲水さんが送ることになった。

とりあえず、部活が終わったらメールしてみよう。




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