隣にいる女は、真冬の屋上にも関わらず、い棒状の冷たい物質に舌を這わせていた。俺からしたらそれは奇妙極まりない行為で、只でさえ寒いというのにさらに自らの体温を下げようというこの女はきっと頭が狂っているに違いない。嘗めることに飽きたのか、女はシャクシャクと歯をたててそれを口に含ませる。減るスピードが格段にあがったそれは、既に残り数センチとなっていた。「美味いんか、それ」俺は女に尋ねた。「美味いよ」女は答える。答えた時には女の持つ棒に白は無く、僅かに溶け残った液体が付着しているだけだった。その棒を最初に入っていた透明のビニールに入れ、その口を縛る。先程まで美味そうに嘗められていたそれが、今ではゴミとなっていることが、些かおかしく感じた。そんなことは、俺には微塵も関係ないけれど。ピュウ、と強い風が吹く。不思議なことに女のスカートは捲れず、風を受けてより強く膝にへばりついた。よっぽど、スカートの中身を見せたくないらしい。悪戯風は俺に背を向けた。その風がおさまればまた風が吹く。今度はスカートの裾を持ち上げたが、それは当人の手により押さえられた。哀れ悪戯風。そして俺。「ねぇ仁王」女が俺の名を呼ぶ。今度は風は吹かなかった。「なんじゃ?」ぶっきらぼうに答えると、女は嬉しそうに顔をにんまりと緩ませた。なにがおかしい。「風強いね」「そうやのう」「飛ばされそう」「そんな軽くないじゃろ」女はそうだね、とクスクス笑った。俺がそんなに軽くないといったはずなのに、その姿は今にも吹き飛びそうだ。白くなって、になって、空気と溶けていつかは誰かの肺に収まりそうだ。その誰かが、俺であればいいな、と思う。実際は、不特定多数の見知らぬ人間なんだろうけれど。ペタペタと上履きを慣らして女に近づく。後ろから抱きつくと、暑いと言われたが、腕は振り払われなかった。ぎゅう、と抱きつく力を強め、女の首筋に顔を寄せるとら花の匂いがした。生憎と今まで嗅いできた女の匂いは香水の人工の花の匂いだったので、土の匂いの混じる彼女の匂いはまた別のものに感じる。幸村辺りと土いじりをしてきたんだろう。確か美化委員だった気がする。「仁王、暑いよ」「暑くなか」俺は彼女から離れたくなくて、嫌々と頭を押し付けるように顔を振る。彼女は困った顔をしてぽん、と俺の頭に手をのせた。「溶けそう」彼女が呟く。俺は自分でも驚きのスピードで、彼女から離れた。嫌じゃ、溶けたらいかん。どうしよう、溶けて灰になって消えてしまう。彼女は冗談で言ったんだろう。だが、俺には本当に溶けてしまう様に感じて堪らなく怖くなった。次第に視界がゆがみ指先に力が入らなくなる。どろどろと頭の中で血液がかき混ぜられる。頬に液体が伝った。もしかして、溶けているのは俺なのか。このまま俺は溶けてしまうのか。彼女に手を伸ばす。彼女の手は柔らかかった。俺の溶けた指先と、彼女のふやけた手はひとつに混ざり、一緒になって溶けていく。溶けるのはこわいけれど、彼女と一緒に混ざるのなら、いいと思った。
 
 
 
溶けて、
吹き飛んで、
 
 



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