屋上の貯水槽の上に登って空を見上げる。
それは、大嫌いな数学の時間の習慣だった。

何も考えずただ青い空をみているというのは、数字で決められた私たちを馬鹿だ小さいと嘲笑っている様にみえる。…のは、きっと私だけなんだろう。

そんなことを考えているとガチャリと下からドアが開く音がした。
誰だろう。
今は授業中だし、屋上は基本的には立ち入り禁止だから、きっと私のようにサボりだろう。

と、思い込んでロクに見なかったのが悪かったのか、下から思いもよらぬ声が聞こえてきた。



「下着、見えてます。」
「?!」



その声にバッ、と風で広がったスカートを押さえる。
まさか上を見ていたとは。
屋上に来る人たちは、自分の事で手一杯だったりするから上を見上げない。
見上げたとしても、校舎の逆の空、つまりは貯水槽の方を見ることはないのだ。
しかも、その声にものすごく聞き覚えがある。
授業中の挙手魔(と、私が勝手に呼んでいる)の柳生くんだった。


「…なんで柳生くんが」
「私もたまにはサボりたくなります。」
「え」
「…というのは冗談で、貴女を探しに来ました。」


なんだ、少し期待してしまったじゃないか。
まああの柳生くんが私のようなサボりと仲間になる訳がないか。

大方、真面目な柳生くんに私を授業に連れてくるようあのハゲ教師が頼んだんだろう。
―――あのハゲ教師のことだから、真田を使うと思ったのに。


「…言っておきますが、頼まれたのではありませんよ」
「…え?」
「先生にはトイレに行くと言って出てきました。」


みなさん驚いてました、と柳生くんはクスクス笑う。
そりゃそうだろう。
真面目勤勉紳士な柳生くんが、授業中にトイレだなんて。
トイレに行きたくなったら休み時間に済ましておくような人だし。
実際、柳生くんを観察してる訳じゃないから知らないけど。

…まあ、私がトイレ行ってきますなんて言っても多分先生は出してくれないだろう。
膀胱炎になってしまえ、と念じられるに違いない。
あの厳しいと有名なハゲ教師の目を掻い潜れるのは柳生くんくらいだろう。あと真田。

…というか柳生くん、それは完全なサボりじゃないのか。


「…で、なに?だったら優等生の柳生くんは自主的に私を連れ戻しにきたの?」
「いいえ」


だったらなに、という前に柳生くんがお隣失礼しますと貯水槽に登ってきた。
話聞けよ。紳士ってガセかよ。


「私が貴女とお話したかったのです。」
「私と?」


そりゃ変わった方だ。
授業中11回も挙手するような人だから変わっているというのは今さらといえば今更だけど。


「はい。前々から貴女に興味がありまして」
「はぁ」
「一度こうしてお話してみたいと思ったので、授業中をサボタージュしてみました」


うわ、サボりをサボタージュっていう人初めて見た。
というか、私に興味?
パンツの色ならさっき見たでしょう。
他に柳生くんが私について知って得なことって―――…ないな。


「…で、紳士な優等生の柳生くんは私になにを聞きたいの?」
「貴女は私を買い被りすぎです。」
「そんなことないでしょ」
「いえ、そんなことありますよ。」


柳生くんはまたクスクス笑う。
いつもは気にしない、というか柳生くんと話すこともなかったからなんだろうけど、今改めて柳生くんの顔を見ると、すごい整っていると思う。
真面目だからかイケメンというイメージがなかったが、仁王くんに勝るとも劣らないイケメンだ。
だからこんなに柳生比呂士ファンがいるのか。
紳士で真面目、加えてイケメンなら人気が出ないはずがない。


「…そんなにまじまじと顔を見ないでいただけますか」
「えっ私そんなにまじまじと見てた?はずかし」
「恥ずかしいのはこちらです。穴があきそうですよ。」


柳生くんのイケメンフェイスに穴が開くとはそれは大変だ。
手を伸ばして、柳生くんの顔に触れる。
ぺたぺた、と触れた肌は女の子もびっくりな美しさと白さだった。


「よかった、穴あいてないね」
「!…ッそ、そうですね」
「…そんなにどもってどうしたの」


やっぱり、馴れ馴れしすぎたか。
まあ確かに日頃話さない人に顔を触られるのはあまり気分のいいものではない。
私ならドン引きだ。


「あー…ごめん」
「なぜ謝るんですか」
「いや不快だったかなと」


柳生くんは、いいえ不快ではありませんよと聖母マリアのような優しい笑みで言った。
さすがジェントルマン柳生比呂士
こんな不躾な女にも優しいとは。


「まあ、気にしていない訳ではないのですが」
「え」
「当然でしょう」


やはり怒ってはなくても、イライラはしたのか。
もう一度ごめんと言うと、柳生くんは意味が違うと言った。


「気にする、と言うのはドキドキしたという意味です。」
「ど、どきどき?」
「はい。」
「そ、それはどういったドキドキでしょう。」


あ、柳生くんと話してたらつい敬語になってしまった。
敬語は苦手なはずなのに。なんなんだろう。
これがジェントルマンマジックか。


「…そうですね、貴女も意中の男性に頭を撫でられたらドキドキするでしょう?」
「…そうでしょうね意中の人いませんけど。」
「おや、いいことを聞きました。」

ん?
いまいち柳生くんの話が読めない。
私が意中の人に撫でられてドキドキするのと、柳生くんが私に顔を触られてドキドキすることのどこに共通点が。
…唯一でた考えは、あまりにも自意識過剰すぎたので破棄。


「…もうすこしストレートに申し上げましょうか?」
「け、結構です!」
「そうですか、残念です。」


柳生くんはさっきのマリアの微笑みを崩さない。
なにが残念なんだ、柳生くん。

聞こうと思ったがやめた。
…ダメだ、これ以上聞いちゃ。
不思議と本能がそう告げている気がする。
なにがダメなのかは解らないけれど、私の中の柳生くんが変わってしまう気がする。
だから、ダメだ。


「…では最後にひとつ。」
「?」


失礼します、と言って柳生くんはさっきの私のように手を伸ばし、頬に触れる。
不思議と嫌だとは思わなくてそれよりも疑問や緊張が頭を占めた為、振り払うことができない。
するすると柳生くんはその長い指を私の肌に這わせとある一点までくると、ぴと、と柳生くんの唇が私の頬に触れた。
柳生くんがなにかをささやく。
こんなに近くなのに、それと同時に鳴ったチャイムで言葉はかきけされた。
なにも言っていないかのように。



「え」

「おや、チャイムが鳴ってしまいました。では失礼します。アデュー」



柳生くんが出たあとのひとりきりの屋上は私の熱に触れたように暑かった。




(すきです)







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