仕事から帰宅して、マンションの一角にある私の部屋の鍵を開ける。
重いドアを手前へ引くと、なぞの異臭がした。
「うっ…た、ただいま…なにこ…れ」
「まっ……ますたああああああああ!!!!」
異臭とともに飛び込んできたのはおにいちゃんに押し付けられた『ぼーかろいど』、がくっぽいど。通称がくぽ。
機械らしいが物質媒体としては普通の成人男性なので、少々小柄な私は、彼に抱きつかれてふらり、とバランスを崩した。
フローリングの床に雪崩れ込み、ぶつけた頭をさすりながら涙目になっているがくぽを見上げる。
「が、がくぽ…なにこれ…っげほ、」
「うぁあああ!!ますたああ!!か、かいと殿が…!!かいと殿が!!!」
え?カイトがどうしたって?
すんすん泣いてうあああと泣き叫ぶだけじゃわからないんだけど。
それよりも私の上からどいてくれない?はたからみたらこれ押し倒してるってば。
「がくぽ、詳しく聞くからどいて。カイトどこ?」
「か、いと殿…は、台所に……ござる。」
「ていうかさ、何があったわけ?こんな…」
「げほ、が、がくぽーどこに……え」
私の声をさえぎって、カイトがキッチンの壁から顔をだした。
すすまみれの顔でがくぽを呼んだかと思えば、突然静止して、私をじっとみつめている。
あ。がくぽまだ乗っかってた。
「がががががががくぽぉぉおおお!!お、おまえそんな…!!どうするんだよ俺めーちゃんに怒られる!!」
「なな何用でござるかかいと殿ぉ!?」
カイトががくぽの胸倉をバッと掴んで、ぐわんぐわんと揺らす。
その間に私は立ち上がって服を整えた。
ていうか、ほんと何があったの?
「か、カイト…なにが、あったの?」
「ま、マスター…俺…俺…。」
「うぐ、か、かいと殿…うぇ」
なんなんだよ。涙目じゃなにもわからない。
「俺たち、いっつもマスターにおいしいご飯とかもらってる、から…作ろうとして」
「え」
「それで…いろいろしてたらこうなったでござる…。」
二人はしょぼん、とうなだれて活気がなくなっている。
それと対になるような私の感情。
二人が、私のために料理を――
「がくぽ、カイト。大丈夫だよ。」
「…マスター。」
「私のためなんだよね。うん。うれしい。」
「申し訳ないでござる…」
「ありがとう。」
少し背伸びして頭をなでで、きっとすさまじいことになっているであろうキッチンへと進む。
廊下は、カイトが持ってきたすすで汚れていた。
「うわ」
キッチンの中は大惨事。
なべは吹き零れ冷蔵庫は真っ黒謎の煙の噴出すフライパンの上のブツ紫の液体吹っ飛んだレンジの扉。
何を作ろうとしていたんだ…
というか、何がどうしてこうなるんだ…。
「はぁ」
今日はコンビニ弁当かなあ。
「なあがくぽ」
「何でござるか」
「おまえさ…マスター押し倒してただろ。」
「そういう気は一切なかったでござるよ。かいと殿と違って。」
「…その言い方俺がマスターにそうしたいって思ってるように聞こえるんだけど。」
「違ったのでござるか?」
「いやちがわな――じゃなくて。そんなわけないでしょ!」
「でもべっとのしたに春画が…」
「春画って……。ちがうよそれ。俺じゃない。」
「じゃあ誰でござるか。男同士というマイナーな…」
「……マスターだ。」
「腐女子でござるか。」