真っ赤な薔薇、透き通る紅茶、ハタハタと風に揺れるカーテン。
随分と高級そうな家具が並べられた趣味のいい部屋は、目の前の男の物だった。
今私が座るソファーだって間違いなく高級。
金で縁どられ、柔らかな純白のクッションは私の体重で沈んでいる。
そもそもなぜ私は此処に居るのか。
つい先程まで日本さんの家の縁側で駆けるぽち君を眺めながら桜散る中の茶会のようなものを楽しんでいたはずだ。
ああぽち君なんと可愛い、うちの国にも此れくらい可愛いわんこは来ないだろうか。
ドイツさん所のおっきなわんこもかわいかった。
イタリアさんは彼が既に可愛かったので文句はあるかと言われれば即答でないと答えられる。
あああかわいいですねぽち君…!とぼのぼのしていただけなのだ。
その約数時間後にはこのお洒落な屋敷。
わんこはいないがイギリスさんというツンデレの申し子という可愛い存在は居る。
此で満足かと言われたら何か違う。
フランスさんトコのピエールさん呼んできて。
「…イギリスさん」
もう何度この名を呼んだだろうか。
ずっと無言を決め込むイギリスさんは俯いて風で波紋を起こす紅茶を眺めている。
私の目の前のアールグレイの紅茶を啜り、再び彼の名を呼んだ。
漸く、と言うほど待った後にイギリスさんからの答えが返ってきた。
「なあ」
薔薇園の薔薇が微かに揺れてカーテンは私に影をおとしアールグレイは波紋を広げた。
イギリスさんの目には私の顔が浮かび、虹彩の緑と瞳の黒で写し出された。
私の長いような微妙な黒髪は風で少し乱れ、イギリスさんのボサボサ頭は揺れた後もとに戻った。
「お前、アメリカとなにがあった?」
イギリスさんから出た言葉は予想を裏切るもので、私は此でもかとアジア人の黒い瞳を見開いた。
アメリカ、アルフレッド・F・ジョーンズ。
ミドルネームは知らないけれど、私の元彼のようなものでイギリス、アーサー・カークランドの弟分に当たるものだった。
何があったか、なんてそんな珍しくもない。
あいつが浮気してムカついたらから私も日本さんの家によく行くようになっただけだ。
元々私は国という概念なんだから恋とか愛とか、そんなのは一時のお遊びにしかならないんだ。アイツにとっても。
日本さんと仲良くしたのはアイツムカついたのと、上司命令だ。
上司はやけに日本さんと仲良くしたがり、アメリカとの縁を切りたがっていた。
一番嫌いなのはロシアさんらしいが私には何でもいい。
ただ一度は愛した男に裏切られたとかそんな、それだけ。
アイツは金髪で巨乳で美人なアメリカ人と親しげにカフェでコーヒーを飲んでいた。
だから私は日本さんという黒髪で女の私よりおしとやかで慎ましやかな男性と縁側てお茶を飲んだ。
彼にとっても私にとってもこれが最善これが最良だったのだ。
だから、イギリスさんにどうこう言われる必要はない。
「…お前な、意味わかんねえよ」
意味わからなくない。
あいつが浮気して、私も浮気して、自然消滅。
ああ、あいつはバカだからまだ付き合ってると思い込んでるかもしれない。
その時は遊びだったと言ってやるんだ。
アイツの表情がどうなるかは容易に想像がつく。
だから、イギリスさんには関係ないことなんだ。
「おれ、は」
アイツがお前好きだとか言うから協力したんだよ。
覚えてるか?お前、アメリカと初めて話したとき、アイツは俺に言ったんだ。
あの子はキュートだな、とか、俺のヒロインにピッタリだぞ、とか。
その時からあいつに協力してやってたんだよ。
俺だってお前がすごいいい女って思ってた。好きだった。
でも大事な弟の恋を応援しないわけには行かないだろ?
日本と仲がいいと言うから、お前が来たらアメリカに知らせるよう頼んだ。
アイツの恋愛は一方的過ぎるから色々教えてやったんだ。
それなのにあいつは浮気?だからお前も?わかんねえよ。
そんな事なら俺と浮気すればいい。
アイツ勘いいから俺がお前好きなこと気付いてたと思うぞ。
それなら日本と浮気するよりダメージは倍だ。
なあ、こんな事兄がすることじゃねえよな、紳士じゃねえな。
「俺と浮気しよう」
その言葉はあまりにも今の私には甘かった。
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