※学パロ
さらさらさら、とノートにシャーペンを滑らせる片倉先生。
話を聞いているふりをしているが、私の視線は先生の横顔に向いている。
左頬に刻まれた傷とか、眉間によった皺とか、
端から見たらヤのつく職業をしていそうな片倉先生だけど、片倉、先生とつく教師なのだ。
彼の容貌に怯える生徒は数知れず。
そんななかで、彼に惹かれた私は、かなり異端な存在だ、と彼は苦笑して言った。
私にはそれがわからないわけではなかった。
みんなと同じように、片倉先生に怯えていた私だったが、ある日の片倉先生をみた瞬間、恋に落ちた。
屋上でこっそりタバコを吸う片倉先生の姿。
ふう、と吐いた息がまた儚げで、ひどいようだがいつもの片倉先生とは真逆のような、それでいて同一人物だから当然なのだが雰囲気を醸し出していて。
そんな片倉先生に魅力された私は、あの日からずっと彼担当の数学の授業は、上の空だった。
数学は嫌いじゃない。
寧ろ好きな方で、答えが出た瞬間のあのモヤモヤが晴れた時がスッキリして、私に精神的な快楽をもたらすのだ。
授業の内容は理解しているし、家でした問題は全問正解。
だが、学校で渡されたプリントは白紙。
だって片倉先生を見てるから。
そんな訳で、片倉先生は私が数学を出来ないのだと思ったらしく、特別授業をすると言い出した。
教室で二人きり。ひとつの机で。
そんな密着した空間、私に耐えられるかしら。
そんな期待を抱きつつ出た特別授業。
当然のように片倉先生は数学の話しかしないし、ノートに並ぶのは数列だけ。
それでも私の頭には片倉先生。
片倉先生、片倉先生。
だいすき、なんて心のなかで呟いてノートに視線を移した。ら、
「おい」
ノートの手が止まっている。
何がって片倉先生の私のシャーペンを握る手が。
片倉先生は、私が彼の話を聞いていないのを気付いていたようだった。
「あは、」
「あはじゃないだろう。そんなことでいいのか?」
片倉先生の言うのは大学のことだ。
本音を言えばあなたに永久就職が一番なんだけど、なんて呟いた。
まあ、先生と生徒。結ばれないのは百も承知だけどね。
「大丈夫ですって。いざとなれば就職しますよ。」
「高卒を雇ってくれるところがいまのご時世あるとは思えないが。」
「じゃあ適当に素敵なお兄さんつかまえて玉の輿にでも――――」
「…………。」
はあ、と片倉先生はため息を吐き出した。
恋人なら嫉妬してくれたのかなあ。
あいにく私たちの関係は先生と生徒。
分かりきった事実が憎い。
10歳差、かあ。
大人になってしまえばそれは小さくなるんだろうけど、学生と社会人。
私が卒業するまえに片倉先生はいい人を見つけてしまうんだろうなあ。
伊達くんの従者らしいし、伊達コーポレーションの偉い人もやってるらしいから、お見合い話もあるんだろうな………
「いつまで夢の世界にいるつもりだ?」
「………かた、くら先生。」
またまたため息を吐いた片倉先生は眉間の皺を増やしてシャーペンを私の筆箱にしまってノートを閉じた。
「かた、」
「やる気がないのならやっている意味がないだろう。」
………確かに、そうだけど。
なんだか寂しくなったけど、仕方ない。
自業自得だと言い聞かせて鞄の中に筆箱とノートにつっこんだ。
帰る用意をして、惜しいけど帰ろう、と思い片倉先生に別れの挨拶を言おうとした、ら。
「……どこにいくつもりだ」
「……へ」
がっちりと捕まれたその手。
ミシリ、と音をたてるくらいに強く握られた手には熱を持った。
「片倉…先生?」
「………いや、なんでもない。」
片倉先生は手を離すと、気をつけて帰れよ、と言った。
熱を帯びたその手をもうひとつの手で握りしめた。
ああ、顔があついなあ。
(アイツがつかまえるお兄さんとやらが、俺ならいいんじゃないか)
心のそこに揺れた炎が、青くなった気がした。