いま、私は電車で置換にあっている。
あ、ちがった、痴漢だ。
いや、そんなのんきなことを言っている場合でもない。
変態の手は私のスカートのなかをまさぐっている。
ストレートに気持ち悪い。
後ろに目を向ければ、バーコードハゲのおっさんがニヤニヤしながら私の尻を撫で回していた。
気持ち悪い。やだ。手離してよ。
微かにからだを動かして逃れようとするが、その度に尻を追うように手を動かしてきて気持ち悪い。
しばらく、私がなにもアクションを起こさずにいると、まさかのまさか、あろうことにもその手は下着の中にまではいってきたのだった。
さすがに、これは…!
痴漢です!と声を張り上げられればどんなによかっただろうか。
だが、私のからだからはすっかり力がぬけてしまっていた。
声はでない。出るのは息がかすれたおと。
やだ、やだ…!
涙を目に溜めて、首を振るがセクハラはエスカレートするばかりで止まる気配もない。
さらには股間まで尻に撫で付けてくる。
膨らんだように感じられるそれはズボンと下着ごしにも生ぬるい暖かさを私の肌に伝えていた。気持ち悪いくて吐き気がする。
誰も気付かない、いや、きづかないふりを―――
私の回りにはおじさんばかりだった。
セクハラされている女子高生はそんなおっさんたちの目の保養、オカズだろう。
ああ、だれか助けて!
「手ぇ離すっぺ!」
突然、私の尻から不快な感覚がなくなり、後ろで男の声が二つ聞こえた。
なまったような声と、おっさんの声、振り向くと背の高い金髪美青年が小汚ないおっさんの腕をギリギリと握り、あげていた。
「痴漢だっぺ!」
ざわざわと電車の中が騒がしくなる。私の腕も、その美青年にとられて、電車の外へ連れ出された。
偶然なのか、そこは私がいつも降りる駅で、満員電車から出た私とおっさんと美青年は、駅員さんね元へ向かわされた。
否、美青年さんが引っ張っていった。
美青年さんの右手は私の手のひら、左手は痴漢の襟首。
大丈夫け?と人懐っこそうな笑顔で私を見て、痴漢の首を強くひいた。
かっこいいなあ、なんて不覚にも思ってしまって。
痴漢は美青年さんが駅員さんへつきだした。
私と美青年さんは話が聞きたいと駅員さんに言われ、クーラーのきいた部屋でまたされている。
学校へ連絡するとやさしい担任の先生は、私が心を痛めていると思ったのか無理をしなくてもいい、と言ってくれたので遅刻の心配はない。
そうだ、美青年さんにお礼を言わなくちゃ。
外国人さんだろうか、鼻筋は通っていて目は澄んだ水のような色。
日本人には見えないが――あれは方言だった。
「あの…。」
「ん?」
その美青年さんはまた人懐っこそうな笑顔を浮かべて、私をみた。
うわあ…かっこいいなあ。
「た、助けてくれて、ありがとうございます。すみません、ご迷惑を…」
「ああ、べつに気にせんでええ!迷惑なんて思ってねえっぺ」
本当に気にしてない、という風に手を振って笑う。
美青年さんは、黒いスーツとネクタイに、赤いシャツを身に付けている。
職業はなんなんだろう。
サラリーマンではなさそうだし…ホスト?なんて。
「あの、お名前を伺っても宜しいですか?」
初対面で失礼だろうか、とも思ったけど、美青年さん―――いや、デンさんはあっさり教えてくれた。
笑顔つきで。
「あの、デンさんはなんのお仕事をなさっているんですか?」
「ん?俺は…」
デンさんは名刺をスーツから取り出して私にくれた。
赤を基調にしたかっこいい名刺。
明らかサラリーマンじゃない。
えっと…
読みかけたと同時に、甲高い音がなる。
黒電話の受信音のような。
それはデンさんの電話の音だったようで、デンさんは、悪い、と一言断りを入れてから電話にでた。
ちなみにどうでもいいが、携帯電話もワインレッドだ。
赤色が好きなのかなあ。
通話でも、外に出ないのは、外が改札口だからだろう。
外にいても中にいても変わらない。
むしろ中の方が人口が少ないんだから当然のようなものだ。
「おおノル!え?ん…ああ、」
「アイスが?…はあ、また…いや、ああ」
「なっ…ノルは俺の親友っぺ!」
大きな声で話すデンさん。
電話のあいては“ノル”さんという方のようだ。
しばらくすると、電話をきって、申し訳なさそうに私を見た。
「悪い、ちょっと用事ができちまったんで…ああー…」
決まり悪そうに頭をひっかいてデンさんは言う。
おそらく、仕事かなにかで行かなければならない用がはいった、と言うことだと思う。
無理に引き留めることもできなかった。
助けてもらったのだし…。
「いえ、ありがとうございました。駅員さんには私から言っておきます。」
そういうとデンさんはやっぱり申し訳なさそうにして、さらに何度も重ねて謝って、その部屋から立ち去った。
名刺には勤め先の住所と電話番号、携帯メールアドレスが書いてある。
今日、学校が終わったら訪ねてみよう。
お礼をしなくちゃ。
まあ、デンさんがかっこよかったから、という下心もあるんだけど!