三年生の追い出しが終わって数週間。
12月24日。世間様ではクリスマスイブだのなんだので賑わっているようだが、私、箱根学園自転車競技部マネージャー名字名前には関係ない。

兄がしていた自転車に興味を持って入部した自転車競技部は日本一なだけあってそれはそれはハードだった。
練習がハードならマネ業もハード。毎日たくさんの補給を準備して洗濯もして道具の整備も見て部員の状態も管理しなきゃいけない。
一年が手伝ってくれるといえど洗濯機を回しても回しても減らない洗濯物に昔は泣きそうになっていたけれど、最近は効率良くできるようになってきた。
こぼしまくっていたドリンクも、今は部員に合わせて調節する余裕さえある。
だんだんマネージャーとしての実力がついていくのが楽しかった。
もちろん厳しかったけど、なんとかつづけられた。
それはマネ業の楽しさ、自転車のたのしさもあったけど、何より励ましてくれる部員の存在が大きかった。
福富寿一。
圧倒的な速さとその真面目な性格で、たくさんの部員から信頼を得ているまさに王者にふさわしい人間。
私はそんな彼にちょっと憧れていた。
もちろん贔屓をする気はなかったけど、やっぱり彼に労われるとモチベーションがあがるというのも事実で。
それを糧にここまでがんばってきていた。

今日も今日とて部員が帰った後の部室で一人日誌を書いていた。
全体的な練習の流れと気になったところを使い込んだペンで書く。
新開の調子は少しずつ戻ってきている。このままいけばインターハイにはなんとかなる…かな。
1年の黒田も段々走りがよくなってきてる。なんか、荒北に似てきたかも。
葦木場は未だ身長を持て余している様子。武器になるとは思うんだけど、そう簡単にはいかないか。
一通り書いて日誌を閉じた。時間は7時前。そろそろ帰らないと門が閉まるなあ。
日誌を棚に戻して帰り支度をする。
制服に着替えるの、めんどくさいしジャージのままでいいかな。
鍵を持って部室から出ると、目の前に壁があった。

「っわ、福富?!」
「…名字」

まだいたのか。結構前に荒北あたりと帰ったと思ってたのにな。
壁かと思ったそれは制服を着込んだ福富だった。
忘れ物?ドアを開けると首を振る。それから私を待っていたと言った。
何か用なのだろうか。明日の部活じゃ間に合わないようなこと?
明日もいつも通りで、特に必要な連絡はなかったと思うけど。
首を傾げて尋ねると、福富はポケットをまさぐった。
そこから出てきたのは小さな茶色い袋で、近所の雑貨屋さんのテープが貼られている。
およそ福富に似つかわしくないそれに吹き出しそうになった。
だって、あの雑貨屋さんて女子ばっかりじゃない。
押し付けるように渡されて、お礼を言ってから封を切った。
中にはビーズ細工のついたヘアゴム。部室からの光で反射して、いろんな色に見える。
すごく綺麗だ。一目見て気に入った。
見上げると福富はいつもと変わらない顔で「髪が伸びただろう」と言った。
確かに最近伸びてきて邪魔だなあと思っていたけれど、こんなものをもらってしまうとは。しかも福富から。

「今日はクリスマスだからな」
「…プレゼント?」
「いつも頑張っているお前にだ」

頭をくしゃと撫でられた。
お前のおかげで助かっている。そう改めてお礼を言われて、目頭が熱くなった。
ずるいなあ。選手としての憧れでとどめておこうって、ずっと我慢してたのに。
これじゃ、だめになるじゃないか。

「あ、りがとう…」
「気に入らなかったか?」
「そんなことない!すごく、すごく嬉しいよ」

涙を適当に拭って福富を見上げた。
少し口角が上がっている気がする。
鉄仮面なんて言ったのは誰だっけ。
そいつに言ってやりたい。そんなことないぞ、って。
福富は意外と表情豊かじゃないか。
ならよかったと言う福富の顔が見れなくなって、何も言えなくなった。
助けてもらってるのは私の方で、お礼を言うのも私の方なのに。言い逃げなんて、ずるい。



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