「吹雪くん吹雪くん。」

「ん?なに?」


吹雪くんはわたしの彼氏だ。

優しくてかっこよくて、サッカーも上手。

ちょっとタラシなとこもあるけど、わたしはそんな吹雪くん、全部まとめてだいすきなのだ。



そんな吹雪くんは、実は“二重人格”に似たものを背負っている。


彼の中にいる“しろう”くんと“あつや”くん。

彼らの生活はまるで正反対。

わたしが告白したのはしろうくんだった。

笑顔で、僕もすきだよ、と言ってくれたのは今でも鮮明にはっきりと思い出すことができる。



わたしは告白する前、つまりは彼と付き合うより以前はあつやくんの存在を知らなかった。

いつも優しい吹雪―――いや、しろうくんが全てだと思っていたのだ。

しろうくんはとても優しい。

そんなしろうくんがわたしはだいすきだった。

それは、もちろん今でも。


でも、彼の中にいる“あつや”くんも、吹雪くんなのだ。

わたしは彼といてそれを知った。

基本的に、あつやくんはサッカーの時以外殆んど出てこない。

しかもFW限定。

だからわたしは彼の二面性を知らなかった。

親友の紺子ちゃんでさえも知らない。

わたしがそれを知ったのは、付き合いはじめてしばらくたってからだった。




最初に“あつや”くんと、“しろう”くんの違いを知ったのは初デートの日のこと。

正直に言うと、デートと呼べるのかは謎った。

二人で買い物に行っただけなのだが、わたしはそれをデートと捉えている。


その日、帰り道で雪の中をずんずんと歩いていた時。

突然吹雪くんが手を繋いできた。

それは、わたしにとってはとても嬉しかった。

だけど、同時に違和感を覚えたのも確か。

“吹雪くんはこんなに積極的な人じゃない。”


どうしたの、と聞いてみたら、なんだか口調荒くなんでもねえ、と返ってきたのだ。

やっぱりおかしい。

その後、君は誰か、と訊いた。




“彼”は“あつや”と名乗った。







それから、わたしは二人の吹雪くんと付き合っている。

みんなにとって、吹雪くんは“吹雪くん”で、一人の人間だ。

でも、わたしと吹雪くんいや、しろうくんとあつやくんからしたら。


わたしたちは“三人”なのである。


つまり、わたしは二人の殿方と交際をしている感覚に陥っている、ということになる。


吹雪くんは、吹雪くんという一人の人間なんだから、浮気と言うのもおかしい気がするけれど…―

しろうくんとあつやくんはお互いに嫉妬することがある。

主にあつやくんが。

しろうくんと手を繋ぐと、きまって彼が出てきたときに色々いわれたり、されたりするのだ。


一人の人間なのに、なぜって、

それは別の自分がしていることを見ているのだから、と言える。

本人いわく、わたしと喋ってる時は、テレビゲームのリモコンを握っているようなものらしい。

片方がリモコンを持つと、もう片方は、モニターを見つめるだけ。

ただそれだけ。

自分のからだが他の人に動かされる。

そんな感覚なんだそうだ。



そのせいで、わたしがしろうくんと仲良く歩いてたらあつやくんが出てきて無理矢理キスされることは、よくあることの部類に入るものだった。

逆にあつやくんが、わたしにキスしかけてすんでのところでしろうくんが出てきてキスをやめることもあった。

積極的な吹雪あつやくん、
のんびり仲良くな吹雪しろうくん。


わたしは常に二人の間で揺れているのである。




「あの、いまはしろうくん?」

「そうだよ。」


女の子が思わずときめいちゃうような笑顔―――わたしはそれをスーパータラシろうスマイルと呼ぶ―――で、彼はわたしに答える。
それは、彼が“しろう”くんである、と安心できるひとつの要素でもある。

ちなみに、あつやくんの時は、わたしの腰に手を回してきたりして、わたしはべつの意味でドキドキするのだ。




「ねえ、またあつやとキスした?」

「う、うん。」


しろうくんにいきなり確信をつかれ、心臓がドキリ、とはね上がった。


「紺子ちゃんが見てたんだって」

「うそ、」


しろうくんの笑顔は変わらない。

それでも、わたしは恥ずかしくなって思わず唇を押さえた。

だって、あつやくんがするのは、中学生みたいなちゅってやつじゃなくて、大人がするような舌をいれる恥ずかしいキスなんだもん。


あれを紺子ちゃんに、




そう考えただけなのに、一気に顔に熱が集まった。


吹雪くんはまじまじとわたしの顔を見ている。



「あつやばっかりずるい」

「え?」



しろうくんが突然呟いた。


しろうくんがなんだかおかしい。

いつもみたいな優しそうな顔じゃなくて、怒ってるみたい。

どうしたの、なにがあったの、怖い顔だよ、しろうくん。


彼は、ぎゅう、とわたしの手を掴んでずっと目をまっすぐに見つめるばかりだった。


「ふぶ、」

「ちがう。士郎だよ」


わたしの言葉を遮って言い直される。


わたしの真っ赤に染まってるであろう頬にしろうくんは、自身の指を這わせて顔を近づけた。

しろうくん、しろうくん、なんだかおかしいよ。

だんだん顔が近づいてくる。

どき、どき、と心臓が音をたてている。


しろうくん、



唇と唇がふれあうまであと1センチ。




「しろ…、」






かぷ、と噛みつくようなキス。

わたしの口をこじ開けて、吹雪くんの舌がわたしの口内へ入ってきた。

それは、大人やあつやくんのする深いキスになってゆく。

くちゅ、と水音をたてて歯列をなぞる舌。

気が付いたら彼の舌がわたしのそれとからめられていた。

頬に添えられた手で顔を固定されて、舌から逃れることができない。

逃げても逃げても、楽しそうに口内を荒らすようにキスをする。

大人の人とキスをした感覚に陥るけれど相手はしろうくんだ。

わたしは抜けそうになる腰と、小刻みに震える指先に、力を注ぎ込んだ。




「ふぁ、」

「ん…っぅ」





口から息が出来なくて変な声が漏れてしまう。

恥ずかしいよ、吹雪くん。



肩を叩いて、目を開けるとそこには“あつや”くんがいた。









わたしはいつから彼とキスしていたのでしょう。




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