教室移動ってつくづく面倒だ。
10分の昼休みで休みたいのに、移動なんてしてたら休めない。
しかも忘れ物なんてした日には最悪だ。
まあそれが今なんだけど!

数分前に歩いて来た道を、日直の子から拝借した教室の鍵を握りしめて走る。
教科書やノートならなんとかなるのに、よりにもよって今日提出のプリントを教室に忘れるなんて最悪だ。
あの先生、提出物の配点高いんだよなあ。
しかもお説教も長いし、2クラス合同の授業で怒られるなんて恥ずかしすぎる。
あとは階段を駆け上がって右に曲がればすぐ私の教室がある。
休み時間は5分切っていて、ギリギリという感じだ。

階段も踊り場を越えて10段目にきたとき、今まで走ってきた疲れがどっと出て立ち止まった。
が、それがいけなかったらしい。

前から走ってきた男子に気づかなくてドンとぶつかる。
普通の平地なら尻餅をつくくらいで済んだんだけど、ここは階段。しかも10段目。
やばい、と思った時には時すでに遅し。
とりあえず着地しなきゃと思い足を伸ばしたのだけど、それが裏目に出て嫌な音が足首からした。
やばい、と思って咄嗟に手すりを掴むんで、落下はまぬがれた。
変な姿勢になるものの階段から落ちて頭をぶつけ…みたいな最悪の事態にはならずに済んだ。

それでもすぐに足首に激痛が走って、階段に座り込む。
ぶつかった男子を心配そうに見ていたメガネの男子…同じクラスの小野田くんはぶつかった男子から私に目を向けて騒いでいる。

「だっ、大丈夫ですか?!あ、あし…」
「いだっ…っ、だ、だいじょ…」
「っいたた…ってなんや大丈夫かキミ?!」

ぶつかった男子はすごい赤毛で、よく見ると合同授業で一緒になる鳴子くんだった。
話したことはないけど、大きな声と派手な見た目で目立って、名前をすぐに覚えてしまった。
彼は座り込んだ私を見て、小野田くんと同じく驚いていてすぐに駆け寄ってきた。

「け、怪我は?!」
「ちょっと足をひねったくらいで、大丈夫だと…」
「あかん!ちょお見して!」

肩を掴んで私と同じように階段に座ってから、鳴子くんは私の足を半ば強引にスカートから引っ張り出して靴と靴下を簡単に脱がせた。
靴下の上からでは目立たなかったけれど、足首は見事に真っ赤になって腫れ上がっている。
患部を見ると痛みが増すとはよく言うが本当のようで、痛々しいそれを見ると余計に痛さが増してきた。


「酷い捻挫や、ホンマにごめん、名字さん!」
「い、いや大丈夫だよ」

腕時計をちらりと盗み見ると休み時間はあと2分しかない。
やばい、と思い立ち上がろうとしたけれど足に負荷がかかるとズキンと痛んでそれどころじゃない。
遅刻してしまう、プリントが、そんなことばかり考えて焦っていると突然鳴子くんが後ろを向いてしゃがんだまま腕を伸ばしてくる。
小野田くんの小さな叫び声を聞いて状況を理解した。

「な、なるこくん!」
「なんや名字さん、はよ冷やさなあかんやろ!とりあえず保健室まで行くから乗ってくれ」
「い、いや大丈夫歩ける、よ!授業もあるし…」
「授業?おおせや小野田くん、名字さんの分も一緒にプリント持ってってくれへんか、ワイらは保健室寄ってから行くから」
「う、うんわかったよ」
「えっ?!」
「名字さん机前から三番目だよね?と、とってくるね!」

小野田くんがパタパタと鳴子くんと自分の教科書とノート、いつの間にか私の手を離れていた鍵を持って教室へ走っていく。
それを見ている間に鳴子くんは私を引き寄せ背中に抱えて、私に肩を掴ませるとすっくと立ち上がった。
つまり私が鳴子くんにおぶられているということで、異様な浮遊感を私が襲う。

「なっ、なるこくん!!」
「ちょっと静かにしといてや、あんまり暴れたら落ちてまうで?」

そういうと鳴子くんは私が乗っているのも気にしないように階段を降りはじめた。
男の子におんぶされるのなんて初めてで、心臓がいつもよりも速く動いているのがわかる。
背中越しに振動が伝わっていたらどうしよう、なんて考えてしまった。

重いでしょ、と声を掛けると「全然や!ナメたあかんで名字さん!」と大きな声が返ってきて余計に恥ずかしくて、それ以降は黙ってしまった。
おんぶのまま歩いていると、まだ廊下に残っている人からチラチラ見られて恥ずかしい。
恥ずかしかったら顔隠しとき、と言われて手と鳴子くんの小さいけど大きい背中で顔を隠した。
すん、と鳴子くんの制服から洗剤のいい匂いがして、また意識してしまった。

保健室に着く前にチャイムが鳴ってしまったけれど、鳴子くんは特に気にする様子もなく保健室へ向かう。
ドアの前までくると私の太もものしたにある腕をすっと抜いてドアを開けた。器用なものだ。

「先生、名字さん捻挫や!シップ貼ったって」
「ああなに?鳴子くんおんぶしてきたの?」
「せや!ワイがぶつかってもうてん。あ、あと遅刻書書いてや!頼むわ。次ヤマセンやからコワイねん」
「仕方ないなぁ、名字さんちょっと足出してもらえる?あ、鳴子くんはその紙に名前書いといて」

保健室のふかふかのソファに座らされて、あれよあれよと保健室利用の手続きが進んでいった。
私は座っているだけなのに先生が湿布を貼ってくれて鳴子くんが保健室利用の書類に名前を書いてくれている。
ぴたと貼られた湿布が足首の熱を奪った。

「名字さんはちょっと休んどき、ワイこれ提出してくるわ。」

ぴら、と保健室の先生が書いてくれた遅刻書を二枚見せつけてから、鳴子くんはドアを雑に開けて出て行った。

嵐のようだ…。ぽかんとしていると保健室の先生が小さく笑う。

「面白いわよね、鳴子くん」
「えっ?!あ、そうですね」
「自転車部だからたまに手当するのよ」

妙に手慣れているなと思ったらそういうことなのか。
やけに仲がいいと思っていたら、あまり保健室にお世話にならない私が先生と距離が遠いのではなく、鳴子くんが近かったらしい。
まあ、それを抜きにしても鳴子くんは人懐っこいし明るいからきっと誰とでも仲良くなれるんだろうなと思った。
現に私だって、話したこともないのにここまでしてもらっている。

「で、名字さんて鳴子くんの彼女なの?」
「はい?!」

予想外の質問に肩が跳ねた。
彼女?!イヤイヤ滅相もない、それどころか話したのも今が初めてだ。
ていうか私なんかが彼女に思われるなんて、鳴子くんがかわいそすぎる。
そういう意味を込めて精一杯否定する私を見て先生は意味ありげな笑みを浮かべる。

「あら、違うの?おんぶしてきたから、てっきり」
「ち、ちがいます!私が急いでて、ぶつかっちゃって、それで、」

鳴子くんは優しいからきっと責任を感じて、だからそういうんじゃなくて、
そう言葉を続けるとまた先生はくすくす笑った。
優しい微笑みの綺麗な先生だ。
でもその笑みも今はからかわれているようにしか感じず、むっとする。

「ごめんごめん、だって…ねぇ?」
「え?」
「余計なお世話だったらごめんなさい、でも鳴子くん、さっきすごい真っ赤な顔をしてたから。」

だから彼女かなって思ったんだけど。

先生の言葉の意味を理解して、私がまた顔を赤くさせられた。
そんなはずない、だって話したのも初めてだし、まず鳴子くんは私のことなんか知らないと思うし…。
そう言いかけてはっとした。私、



ふと目に入った保健室利用書類に書かれた漢字の間違いのないフルネーム、小柄なのに広い背中、そして鳴子くんの明るい笑顔を思い出して、鼓動が早くなるのを感じた。





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