バケツをひっくり返したような雨、とはよく言ったものだ。
まさにそんな感じ。テレビの罰ゲームの水が降ってくるアレを、広範囲で行いました、みたいな勢いの雨だった。
予報ではこんなこと言ってなかったのにな。アテにならない。
ホームルーム終了から少し経った学校には人が少ない。
昇降口にも人はおらず、がらんとしていた。
一応置き傘はしてあるのだが、こういう非常時にはパクられているのが定番だ。
学年指定の傘立てはよくお察しでという風に空っぽだった。ため息を吐く。
流石に濡れて帰るにはキツすぎる雨。
濡れる云々より、当たるだけで痛そうだ。こんな中で帰りたくない。カバンの中の紙類も無事では済まないだろう。
でも、これだけ派手な雨なら通り雨かもしれない。
それを期待して、私は空っぽの傘立てに腰をかけた。


三十分くらい過ぎた頃だろうか。雨は依然として止む気配はない。
いくつかの足音が聞こえる。まだ誰か校舎に残っていたらしい。
段々足音は近づいてきて、話し声も聞こえてくる。
いくつかの男子の声、友達ではなさそうだ。
女友達なら、傘にいれてもらおうかとでも考えていたけれど、雨宿りは続きそうだ。
靴箱から灰色の外に目線を戻すと、聞いたことのある声が私の名を呼んだ。
首だけそちらを向けると、人気者のクラスメイトが居て。

「東堂、くん」

どうやら先ほどやってきた足音は、自転車競技部の面々のものだったようだ。
雨で練習も出来ないし、ミーティングをしていたらしい。
で、それが終わって今帰るところだと。
全員の手にはビニール傘が握られている。部室に置き傘があったらしい。
こういう点では、部活動に所属しているとラッキーだなと思う。うらやましい。

「名字さん、傘はないのか?」
「うん、とられちゃって」

置いてたんだけどねと今は私の椅子になっている傘立てを差す。
東堂くんがなるほど、と呟くと、後ろから別の男子が囃し立てるような声を上げた。

「尽八男見せろよ」
「うるさいぞ隼人!ああ名字さん、そのだな」
「東堂早くしろヨ帰りてェんだよ」
「だからうるさい!その!名字さん!」

よかったらはいっていかんかね!
予想以上に大きな声は雨音にかき消されることもなく、私の鼓膜に届いた。
傘を胸の前に突き出されて、東堂くんは真剣な顔をしている。
止みそうにない雨、目の前には傘、おなかもすいてきたし、時間も大分経っている。
イインデスカとついカタコトになって返事をすると、「勿論」、私を傘立てから立たせた。

「いやその、女子がこんなとこで一人雨が止むのを待っているのを、放っておくわけにはいかんからな、はは」
「ありがとう。優しいね、東堂くんて」
「まぁな、オレはトークも登れて、山も切れる」
「混ざってんぞ尽八」
「山も切れるってなんだヨ」
「うるさいぞ!ああ、すまない名字さん。こいつらがうるさくて」

ぺたぺたと東堂くんは自分の頬に手で触れてから、傘を広げた。
傘は男子運動部に置かれているにふさわしく、かなり大きい。
二人で入ったら東堂くんが濡れるんじゃないかと思ったけれど、これなら大丈夫そうだ。

「ごめんね、友達と帰ってるのに邪魔しちゃって」
「いやいいんだ。名字さんも、こいつらに余計なこと言われても無視していいからな」
「それは酷いな。やぁ名字さん。オレは新開隼人。ヨロシク」

隣に歩いてきた赤毛の男子に声をかけられた。うわ、すごい髪だ。
気さくそうで、爽やかだ。差し出された手を握手だと認識して握ると、東堂くんが私の名前を呼ぶ。

「相手にしなくていいんだぞ、名字さん!隼人も!」
「なんだよケチだな。将来的にはオレも仲良くしといたほうがいいかもしれないし」
「将来的?」
「おおおい!」
「新開、あまり囃し立てるんじゃない」
「悪い、トミー」

トミー、と呼ばれた男子はマジメそうな顔をしているのに金髪で、人は見かけによらないなと思った。
いや、マジメそうな顔も金髪も外見だし、あれ、どういうことだ。わかんない。
とにかく、彼は新開くんとやらとは違ってマジメな人のようだ。
もう一人の、短い黒髪の目つきの悪い人はブツクサと雨に文句を言っている。
そりゃこの雨なら文句を言いたくなる気持ちもよくわかる。心の中で同調した。

「じゃ、オレらこっちだから。尽八、送り狼になんなよ!」
「余計なことを言うな!また後でな!」

男子寮と女子寮の分かれ道に着いて、3人と別れた。
本当なら皆で帰れたはずなのに。申し訳ない。
ごめんねと小さく謝ると、名字さんが謝ることじゃないと優しい笑顔で言った。
綺麗な人だな、と純粋に思う。みんなに人気なだけあるな。優しいし。騒がしいだけじゃないんだな、と失礼だけど思った。

「名字さんは、あれだな。意外と男子との…その、こういうのには抵抗がないんだな」
「いや、抵抗はあるよ」
「へっ!?」
「でも雨すごいし、他に人居ないし、東堂くんがこなかったら…下手したら朝まであそこにいたかも」
「そ、それはならんよ!あんなところで一晩明かしたら、風邪を引いてしまう!」
「いや冗談だって!流石に先生に気づかれるよ!」

いつも輪の中心にいて、皆を笑わせている人なのかとおもったら、意外と冗談が通じない。
それが面白いんだけど。いや、もしかしてこれが人気者のヒケツ?よくわからない。
多分美形なら何でもいいんだと思う。多分。
普段はあんなにぺらぺらと話している割に、私と二人だと気まずいのか、東堂くんはしどろもどろしていた。
その様子は私的には面白いんだけど、そんなに私は話しづらい人なのかなと不安に思う。
親しい友人以外とはあまり話さないし、東堂くんのトークスキルをもってしてもだめなんだろうか。
今更ながら、やっぱり申し訳ないなと思った。
特に仲のよいわけでもない女子と二人で相合傘。しかも女子寮まで送る。うーん、私なら断っている。
それでも誘ってくれる東堂くんの優しさには感服だ。

「東堂くんは優しいね」
「そ、そうか?!そんなことあるぞ!」
「ただのクラスメイトにも優しいんだもん、人気なはずだよねって思ったよ今」
「ああ…そ、そうか」

東堂くんの返事はやけに歯切れが悪い。失礼なことを言ったかな。
そうこうしているうちに、女子寮が見えてきた。あと30mほどで着く。
雨は学校に居たころから全く弱まっていない。やっぱり東堂くんが来てくれてよかった。
あと20m、改めて東堂くんにはお礼しなきゃな。そう思ったときに、東堂くんが足を止めた。

「? 東堂くん?」
「…すまない名字さん。オレは嘘をついてる」
「え?嘘?」

見たことのない、暗い顔だった。暗いというか、マジメというか。
いつも教室で見る自信満々の笑顔とは遠くかけ離れている。
初めて見る表情に震えた。少し恐怖すらも感じた。

「オレはな、ただのクラスメイトを女子寮まで相合傘で送ってやるような、優しい男じゃないんだ」
「…ん?」

何の話だよ、と突っ込みたくなった。
そうじゃないと言われても、東堂くんはただのクラスメイトを相合傘で女子寮まで送ってくれるような優しい人だ。
実はこの先にトラップがあって、私をその罠にハメるための仕掛け人ですってことなら納得は…いかないけど、まぁそうなんだと思うことが出来るけど、そんなこともなさそうだし。
じゃあ私たちはただのクラスメイトじゃないということ?実は生き別れの兄弟でした?いやいや。

「こうやってここまで来たのも下心があってだな、名字さんとこれを期に仲良くなれたらとか、考えてたわけだ」
「オレは君が考えているような男じゃないかもしれない」
「本当は隼人の言うとおり、送り狼になることだってあるんだ」
「今はそのときじゃないけど、だから覚悟しておいてほしい」

私の頭がおかしくなければ、私の見立てが間違いでなければ、私が異常なほどの自意識過剰でなければ

「オレは君が好きだよ」

どうなってるんだ。この雨は!



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翠雨様リクエストの新開さんか東堂のヒロインが鈍い甘い付き合う前の話です!
鈍い系ヒロインだと妙に東堂が書きやすいので(例:嘘本気)東堂になりました。
フリリクの作品は全部短めにまとめようと思ってたのに、ヒロインが鈍すぎる&東堂さんがヘタレすぎて長々と…申し訳ないです。最後が大分駆け足に!
新開さんがでしゃばるせいだ…。
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