手帳を開くと付き合った期間の長さを実感する、なんて歌があった。
1ヶ月と赤いペンで記されたそこは、一ヶ月前、長年の片想いが実った日だ。
憧れの彼にまさかの告白をされて、当然受け入れた。
この1ヶ月間毎日が幸せで、こんな幸せなことがあっていいのかってくらい幸せで、いつ不幸に見舞われてもおかしくないくらいの幸せだった。

「東堂くん」
「っ!名前!」

図書館閉館ギリギリまで居座って、追い出されると校門前で待つ。
それで、部活を終えた東堂くんと寮までの僅かな道を一緒に歩くのが好きだった。
最初は危ないからと待つのを断られてしまったけど、ただでさえ一緒にいられる時間が少ないんだから、これくらいは許して欲しい。
チームメイト達からの冷やかしを受けながら、私たちは通い慣れた道を歩いた。

「…あつい、な」
「そだねー。もうすぐ夏休みだし。」

インターハイ、がんばってね。そう言って見上げると、東堂くんは優しく笑った。
その笑顔がとても綺麗で、男の子なのにずるいな、と思う。
名前を呼ばれて、手を差し出される。
その意味をすぐに理解して、東堂くんのそれに私の手を重ねた。
ほのかに暖かい。夕方だからマシだとはいえ、まだ暑いから手汗をかいてしまうかも。
それでも東堂くんと繋いだ手から幸せが広がるようで、離したくないな、そう思った。

ぽつりぽつり、世間話をする。
友達の話とか、先生の話、授業の話。
クラスも違えば共通の友達もいない私たちは、身の回りの話をよくする。
学校の間はあまり話すことはできないし、お昼も各々友達と食べる。
夜の電話と、この時間しか恋人らしいことはできてない。
さみしいと思うこともあるけど、私はすっごく幸せで、それでいいと思う。

話が途切れて、何か言おうと思った時に、ふと東堂くんが私の名前を呼んだ。
東堂くんが呼ぶと、18年間付き合ってきたなんてことない名前でも、特別なものに感じる。
突然立ち止まった東堂くんに驚きながら、私も足を止めた。

「名前」
「はい、東堂くん」
「その、東堂くんというのをやめてみないか?」

突然の提案だった。
呼び方を変えて欲しい、とのことらしい。
私は付き合う前から東堂くんと呼んでいたが、東堂くんは付き合い始めてから呼び方を名字ちゃんから名前に変えた。
最初は緊張したけれど、だんだん慣れてきた。
私も変えるべきかとは思ったけど、タイミングがつかめなくてこのままだ。
なにか、特別なものにかえるタイミング。
それを東堂くんはくれた。

「うん、いいよ」
「っ本当か?!」

東堂くんはぱっと笑う。
そういえば、今日はやけにおとなしいなと思っていたけれど、ずっとこのことを考えていたのかもしれない。
そんな彼がかわいくて、つい口元が緩んだ。

「じゃあ、試しに呼んでみてくれ」
「うん、えっと、山神さん」

特別な呼び方、たしか東堂くんは自転車のレースで《山神》と呼ばれていたっけ。
神を称されるようなすごい走り。私がまだ一ファンだった頃、なんども目で追いかけた。
山神さん、と呼んだ私の肩を東堂くんは掴むと、「ちがーーーーう!」と叫んだ。
突然のことに肩を震わせると、小さく謝罪の言葉が落ちる。

「名前、そうじゃないだろう!」
「え、じゃあスリーピングビューティ?」
「そっちでもない!」
「森の」
「忍者じゃない!」

私の思考を先読みしていたかのように口を挟む東堂くんに笑ってしまった。
少しむっとした顔の東堂くんが可愛らしい。
本当はわかっていた、でも、遊びたかったんだ。

「ごめんね、尽八くん」
「っ…名前!」

尽八くん、生まれて初めて呼んだ好きな人の名前は、特別な響きだった。
尽八くんは私の肩から腕を外すとそのままぎゅっと私を抱きしめた。
ここ、通学路なのに。
人が来るかもしれないという思いはあったけど、振り払うことなんでできなかった。
彼の背中に腕を回して、名前を呼んだ。
私、今世界で一番幸せだ。


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