尽八が私の教室を訪ねてきたのは、ホームルームの始まる5分ほど前だった。
友達と話していたところにメールが来て、見てみると尽八からだ。
こんな時間に珍しい。内容は、「教室の前にいるから来てくれ」というものだった。
教室の前にいるのにメールするなんて、何事だ。
普段の尽八はそれこそ目立つのが好きで、私に用事がある時も必要以上に大きな声で「名前はいるかね?!」と訪ねてくる。
あの尽八が。不思議で仕方ない。明日は雪か。
友達に断りを入れて教室を出ると、ひたいを抑えて壁に向かって立っている尽八がいた。
いつもより縮こまっていて、いつもの堂々とした雰囲気はない。
何より、いつもと違う。なにか…

「あれ、カチューシャ」
「ああ名前、来てくれたか」

すまんね、と気持ち落ちた声が廊下に小さく響く。
ひたいを押さえたまま、尽八はこちらを向いた。
尽八のトレードマークともいうべきカチューシャがない。
ひたいを押さえていると思っていた手は、長く伸びた前髪を抑えているようだ。

「どうしたの?」
「実は」

要約すると、朝練中に汗をかいたので誰もいない部室でカチューシャを外してベンチに置いて髪を乾かしていたところ、荒北が部屋に入ってきてカチューシャに気づかず上から座ってしまったらしい。
尽八のカチューシャは特別高級というわけでもなければ簡単に折れるような安物ではなかったので、納得した。
流石にカチューシャに高校生男子の体重に勝てるような耐久力はない。

「それで、前髪を留めるものを貸して欲しいんだ。ヘアピンとか、ゴムでもいい」
「前髪流せば?」

尽八の手を取り払って長いサラサラの前髪を左に分けると、ムッとへの字の眉毛を釣り上げて手を退けられた。
似合わないことないと思うのに。不思議そうに見ると、「せっかくの美形なのに、流したら隠れてしまうだろう!」と言う。
なんというか、その自信を少しくらい分けて欲しかった。

「なんかないのか?」
「…ちょっとまってて」

教室に戻ってカバンに入ったポーチを持ってくる。
中には日焼け止めとか、リップとか、それこそ尽八お求めのヘアピンやヘアゴムも入っている。
女子だな!と言う尽八を無視して、教室外に備えられてある生徒用ロッカーの上に中身をばらまいた。
日焼け止めやリップを除けると、いくつかヘアアクセが残る。
誕生日に友達からもらったヘアピンが輝いている。
どれがいいかな、尽八の髪はさらさらしていてまとまりにくいから、ちゃんと留められるものじゃないと。
ヘアゴムで結んでからピンで留めてもいいけど、子供っぽい。
なにより、このヘアゴムは今日体育で使うから尽八には貸せない。
悩んだ末に、化粧をするときに前髪を上げる用の12cmはあろうかという長さのクリップを選んだ。
ライトブルーのそれは、尽八がつけていても違和感はない。
それを手に取ると尽八の前髪を外向きにカールさせて持ち上げてから、頭のてっぺんに留めた。
サイドの毛はいつもより落ちるものの、ご自慢の綺麗な顔はよく見える。
折りたたみ式の鏡で顔を見せると、ほうと感嘆の声を上げた。
その声がクリップについてなのか、自分の顔についてなのかは、追求しないことにする。

「ありがとう名前!さすがだな」
「まあ女子ですから。返すのは明日でいいよ」
「ああ!放課後荒北を連れて買いにいくから、そのあとお礼も兼ねて返しに行くよ」

じゃ!と片手を振り上げて尽八は廊下を走って行った。
私も自分の教室に戻ると、同時にチャイムが鳴る。
尽八、間に合ったかな。そう思いながら、日本史の教科書を机の中から取り出した。



131218




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