嘘です。/本気だよ。の続き


告白をされたあの日から、東堂くんは私によく話しかけてくるようになった。
お昼休みに荒北くんを尋ねてきたときも話しかけてくれるし、たまにお昼も誘ってくれる。
そのお誘いには一度も乗ったことはないが、こちらに気を負わせることもなく綺麗に引き下がってくれる。

東堂ファンの友達は私が話しかけられるたびよかったね、と笑顔で言ってくる。
一度、東堂くんに私が話しかけられてるの見て妬まないのか、と聞いてみたが、どうやら彼女にとって東堂くんは国民的アイドルのようなものであって、恋愛対象ではないらしい。
そりゃ、レースはかっこいいし本人もかっこいいけど、特別扱いされたいかといえばまた別のようだ。

「名前は東堂くんが好きなんでしょ?東堂くん、結構名前のこと気に入ってるみたいだし、チャンスあるんじゃない?」
「え、いや、そ、そんなことは、ないんじゃない」

実は告白されました、なんて言えるはずもない。
彼女は信頼に足る友人だけど、こればかりは他の誰にも言うわけにはいかなかった。

東堂くんに告白されたこと、東堂くんのファンのフリをしているけど、実際はそんなに好きでもなかったこと、
告白されて、少し好きになりはじめていること。







あれから、名前ちゃんに積極的に話しかけるようになった。
荒北にはダシにすんな!と怒られたけれど、ベプシを奢って黙らせている。
仕方ない。オレと名前ちゃんの接点は皆無だし、チームメイトがクラスメイト、みたいなものしかない。
必然的に、あの教室を訪れるには荒北を頼るしかないのだ。

そんなオレにも最近、少し希望が見えてきた。
思いを伝えて以来、オレのことを意識してくれているのか、話しかけると時々照れた様子を見せる。
それがまた可愛くて、たまらなく好きだと実感する。
昼食の誘いはいまだに断られるけれど、その仕草と申し訳なさそうな表情すらかわいい。
いつものオレなら食い下がるところだが、それだけでもうお腹がいっぱいになってしまうのだ。
でもいつか一緒に食べてみたい。そう思う。彼女のお弁当の中身はどんな風になっているんだろう。お母様が作られているんだろうか。

不安なところと言えば名前ちゃんの友達のオレのファンだったが、一度名前ちゃんが不在時に教室を訪れたとき、「名前のこと、がんばってくださいね!」なんて言われてしまって、鋭い子だと思った。
きっとオレの思いにも気づいている。いいファンに恵まれたものだ。

今はこの関係でもいい。だけど、いずれは、オレの隣に立っていてほしい。







自覚すると、気持ちが変わるのは早い。
今までは廊下ですれ違う東堂くんに興味なんてなかったけれど、今は目を合わせて、手を振られて、振り返す。そんな仲だ。
彼の優しい微笑みに、胸が鳴る。顔が赤くなってないかな、なんて思って目を逸らす。
私が照れているのをお見通しみたいな目で東堂くんは私をみるから、余計に恥ずかしくなった。
なんていうか、今更過ぎて東堂くんがというより、東堂くんを意識している自分が恥ずかしい。

4時間目、空腹を感じながら選択授業の教室移動から戻ろうと職員室前を通ると、運悪く担任に呼び止められた。
5時間目は担任の授業で、提出物を返却するから教室へ持っていって欲しいらしい。
あからさまに嫌そうな顔をしたけれど、苦笑いをするだけで遠慮する気はないようだ。
選択授業は友達とは別で、手伝ってもらえそうな人は居ない。
仕方なく提出物の山の上に自分の教科書を置いて、それを持ち上げた。
女子が一人で持つには多いけれど、運べないことはない量だ。
職員室から教室までは、一階分階段を登る。
それまでに誰か知り合いに鉢合わせればいいけれど。昼休みに無謀な願いをしながら廊下を歩いた。

「名前ちゃん」
「へっ!?」

その願いは案外あっさり叶ってしまい、後ろから声をかけられる。
振り返ることもできず首だけ動かすと、東堂くんがいた。
東堂くんは何も言わずに私の前に回るとさも当然のようにその山をしたから抱え、軽々と持ち上げる。

「これはどこに?」
「え、と。教室」

遠いな!と東堂くんは爽やかに笑う。
半分持つよと、普通は逆だと言いたくなるセリフを吐いたけど、やんわりと断られてしまった。
自転車部で鍛えているにしても、東堂くんは見た感じ割と細い。
私とそんなにかわらなさそう…というのは言いすぎだけれど、意外と力があるものだなぁと感心してしまった。
周りから見れば、東堂くんが荷物を運んでいて、私はそれを見ながら追いかけているだけだ。
…やっぱり少し持ちたい。回りの目のためにも。
無理矢理奪い取るような勢いで言ったがまた断られ撃沈した。
それを見て東堂くんは笑って、「好きな子の前でくらい格好つけさせてくれんかね」と言った。
顔が熱くなる。…はずかしい。







3時間目の授業は教室移動だった。
4時間目はホームルーム教室だったから急いで戻ったが、その時にシャーペンを一本、移動先の教室に忘れてきたらしい。
4時間目が終わった後すぐに移動先の教室へいくと前にどこかのクラスが使っていたようで鍵は開いていた。
お目当てのものは机の上に放置されていて、安心する。このシャーペンはお気に入りなんだ。

急いで戻ろうと近道で職員室の前を通ると、フラフラした頭をみつけた。
見間違えるはずもない、何度も見てきた、名前ちゃんの後姿だ。
なにやらたくさんのワークブックを持っていて、職員室前を通ったときに頼まれたのだと理解する。
先生も、なにも名前ちゃんに頼むことないだろう。腕なんか折れそうで、見てて不安になる。
名前を呼ぶとびっくりしたのかかわいい声をあげて、首だけこちらを向いた。
その隙に両手の荷物を奪い取る。結構な重さがあって、こんなに細いのに意外と力があるんだなと感心した。
場所を聞くと、教室に運ぶらしい。
名前ちゃんの教室までは階段を登る上に、距離がある。
なおさら、名前ちゃんにこの仕事を頼んだ先生を怨んだ。もしオレがこなかったら。
…いや、今は感謝だ。なんてったって、あの先生のお陰でいまオレは名前ちゃんと一緒に居られる。
いつもは逃げられてしまうけど、今はそうもいかない。
名前ちゃんはおろおろして半分持つよと申し訳なさそうにしているけれど、こんなチャンスみすみす逃すわけにはいかない。
こういうところでアピールして、かっこいいって思われなければ。
頬が桃色に染まっているところからして、脈ナシではなさそうだ。顔がにやけるのを、ワークブックの山で隠した。







「ありがとう…」
「いや、礼にはおよばんぞ!」

他でもない名前ちゃんのためだからね、と臆面なく彼は言う。
そういうことを言ってのけられるのが、彼のすごいところだと思う。
教室に無事提出物の山を運び込むことができた私は、安堵の息を吐いた。
もっとも、運んでくれたのは他でもない東堂くんなのだけど。

何かお礼をしなければ。
そう思って、服のすそを掴んだ。
それにびっくりしたのか、東堂くんが目を見開く。
掴んだものの言うことを考えていなくて、そんなに驚かれるとも思っていなくて、なんだか気まずくなってしまった。

お礼をしたい。
その旨だけを、簡単に言葉にして伝えた。
東堂くんはまた驚いた顔をしたあと、ポケットをがさがさして、ジャラジャラとストラップのついたケータイを取り出した。
男子はケータイストラップを余計につけないものだと思っていたけれど、そうでもないらしい。
彼はそのジャラジャラした箱を私に突きつけて言った。

「じゃあ、連絡先を交換してくれ!」

そんなのお礼になるんだろうか?
一応、ジュースとかアイスを奢るとか、そういうものを期待して言ったつもりだった。
でも東堂くんは連絡先交換以外のお礼を受け取るつもりはないらしく、頑なにケータイを仕舞おうとしない。
申し訳ない気持ちになりながら、先月買い換えたばかりのケータイをスカートのポケットから取り出した。
赤外線交換。メールアドレスと、電話番号が私のケータイに表示された。
『東堂尽八』の字が目にまぶしい。
届いた情報をそのまま電話帳に登録した。ファンの女の子が、喉から手が出るほど欲しがる情報だ。

「またメールする、名前ちゃんもしてくれ!」
「うん…」

恐らく自分からメールすることはない。いや、できないだろう。
そう思ったけど、その場はそう答えておいた。







長かった教室への道のりも、着いてみると短く感じる。
もう少し長くてもよかったかもしれない。名前ちゃんと歩く道なら、何キロでも構わない。
確かにワークブックの山は重かったけれど、それ以上に充実感が得られた。
名前ちゃんのことに心底惚れていることを自覚するたび、今となりに居る自分に嬉しくなった。

昼休みも10分ほど過ぎていて、そろそろ昼食を食わねばならない。
本当はもっと話していたいし、ずっと一緒にいたいけれど、今日は昼食が終わり次第部活のほうで召集があるし、名前ちゃんのランチタイムを邪魔するわけにはいかない。
さらに欲を言うと一緒に食べたいけれど、それはまた別の機会だ。
名残惜しい気持ちを残したまま、名前ちゃんの教室を後にしようとしたが、それは叶わなかった。

心臓が止まったかと思った。
名前ちゃんの綺麗な指先が、オレの制服の裾を掴んでいる。
思わず目を見開いた。ときめきがオレの体を貫く。かわいい。
兼ねてより女子のこういう仕草はかわいいと思っていたけれど、実際に、しかも好きな子にされると破壊力は計り知れない。
上がってしまう口角を動揺で誤魔化した。今、すごい顔をしているかもしれない。
美形らしからぬ顔を名前ちゃんに見られるわけにはいかない。

「なんか、その、お礼を」

したいんだけど、と続いた言葉は消え入るようだった。
お礼されるようなことはしていない。寧ろ、一緒に居られて満足している。
控えめな仕草とその声が可愛くて、じっと見てしまう。
遠慮しようかと思ったけれど、このチャンスを無駄にするわけにはいかない、そう思った。
今こそチャンスだ東堂尽八!自分の背中を自分で押す。
連絡先を教えてくれ、何度も言ってきた言葉なのに、名前ちゃん相手となると、今までにないくらい、物凄く緊張した。
名前ちゃんは驚いた顔をして、そんなことでいいのかと言う。
そんなことじゃない、寧ろ、コレがいい。お願いします、そんな感じだ。
アイスとか、ジュースより、十分価値がある。
いや、名前ちゃんに貰ったものなら何でも嬉しいけど、やっぱり確保しておきたい。連絡先は。
ケータイをスカートから取り出した名前ちゃんに、内心ガッツポーズをした。
赤外線通信。名前ちゃんの情報が、オレのケータイのディスプレイに登録された。
なるべく早く操作をして、電話帳に登録する。
ついでに、音も特別なものに変えておいた。
着信音を変えているのは家族と巻ちゃんで、あと個人ではないが自転車部員は全員一つの音で統一している。
部活が終わったらすぐにメールをしよう。
都合がついたら電話もしたい。
今からそわそわしながら、その場は別れた。
はやく放課後になってほしい。





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