嘘です。の東堂視点



気になる女子がいる、と隼人に相談したのはちょうど3年に上がった頃だった。

たくさんの女子ファンの中で埋もれるようにいる存在。
キラキラと目を輝かせる女子ファンの中で、一人濁ったような目をして彼女はそこにいた。
名前は知らない、でもレースのたびに来てくれる。
何度も来てくれる子は、最低でも一度くらいオレに直接話しかけてきたことがある。
レースを見に来る女子ファンの顔触れはあまりかわらない。
だから、自然と覚えてしまうのだ。
現に彼女の隣にいる女子は一度差し入れをしてくれたことがあったし、たまに暇があれば声をかけてくれるからよく覚えている。
でも一人浮いたようにそこにいる隣の彼女には思い当たるところがなかった。
ファンというにはテンションが低くて、オレを見ているというよりはレースを観にきている感じだ。
山頂でポーズを決めてやってもその時は既に追いついてきたフクの走りを見ているし、オレにはまるで興味がなさそうだ。
だから隣の友達の付き添いかなにかだと思っていた。

だけどその子の話をして、名前を知った時、隼人は「名字さん尽八のこと好きみたいだ」と言った。
ハコガク一美形なオレは好意を寄せられるのには慣れている。
あれだけの女子ファンに囲まれていれば当然、それくらい自覚するし、オレに憧れる女子たちの目はたくさん見てきた。
でもそのどれもこれも名字名前という少女とは当てはまらない。
嘘じゃないのかと隼人に問うと本人がそう言っていたと言う。
1年の時同じクラスだったから、そのときオレのことを好きだと言っていたのを聞いたと。

それから直ぐにオレの目は自然と名字さんを追いかけるようになった。
廊下ですれ違うとき、少し振り向くものの目は合わせようとしない。
用もなく荒北の教室に寄っても、オレの登場に色めく友達に同調しているようにしか見えない。
懐かない猫を好きになった気分だった。
好きだという癖に近づいてこず、全くもって埋まらない距離に興奮さえした。
レースに来るたび、彼女の方を指差してやった。集団を見ているふりをして、彼女を見た。
面白いくらいに目を伏せて、視線を逸らす。
それがまたなぜか可愛く見えた。
気がついたら名字名前にハマっていた。
隼人に彼女の話をする時、自然に名前ちゃんと呼んでしまった。
直接話したこともない彼女への思いだけが募った。
なんとなく、オレに恋するファンの女子の気持ちがわかったような気がした。




「あ、それ」
部室で休憩中に誰かのケータイが鳴ったときだった。
少し前に話題になった歌だった。サビくらいは口ずさめる。
隼人が指を差す。

「そういえばこの曲、名字さんに借りたアルバムに入ってたな」

アルバム?首を傾げる。
隼人は自分のロッカーから音楽プレーヤーを取り出す。
アルバム名は×××。
1年の頃に唐突にそのバンドの話をしていたら名前ちゃんがCDを持っているということで貸してもらったらしかった。
頭にひとつの考えが思いつく。
接点もないオレが名前ちゃんに食らいつく手段。


それは案外うまくいった。
名前ちゃん目当てに荒北を訪ねて何度もくぐっていたそのクラスの札の下で、オレは初めて直接彼女を呼んだ。
前にレースでみた女子も隣にいる。仲はいいようだ。
CDを貸して欲しい、そう告げると名前ちゃんは複雑そうな顔をしたもののOKをくれた。
自然に笑顔が出る。顔が緩む。
間近で見た彼女は遠くで見るよりずっと小さくて可愛い。
何度も『名前ちゃん』と呼びそうになるのを堪えた。



「尽八、今日調子良かったな。機嫌もいいし。」
「ふふん、そうだろう。」

名前ちゃんにCDを借りる約束をしたからな。
隼人はマジだったんだ、と笑った。
感謝の意味で背中を叩くとがんばれよと叩き返される。
荒北が煩えと怒鳴るが、それもまったく響かない。
早く明日になれ。早く。





意外とすぐに次の日は来た。
朝練のノルマを早々に達成し、着替えも一瞬で済ませた。
待てよという新開の声も無視して名前ちゃんのクラスに走った。
さっきクールダウンしたところなのに、また暑くなる。早く会いたい。

教室のドアを開けると予想以上に音が響いた。
名前ちゃんは驚いて肩を震わせたあとにこちらを振り向く。
深呼吸してから、苗字を呼んだ。

「…朝練だったの?おつかれさま」
「っ、ああ、ありがとう!」

おつかれさま、その一言で疲れが吹っ飛んだ。
よくある表現だが、実際に効果があるとは思わなかった。
好きな人に労ってもらうとこうも違うのか。
名前ちゃんの右腕にはオレンジの紙袋が下がっていて、中にはCDがちらりと見えた。
CDを渡そうと、名前ちゃんが右腕から紙袋を引き抜こうとするのを見て、咄嗟に腕を掴んだ。
正直何も考えていなかった。
だけど、せっかくこんな近くで話しているのにCDを借りてしまったらおしまいだ。返すまで話せない。
それがどうしても勿体無くて、それとふたりきりになりたくて、考えなしにひとけのない階段へと足を動かした。
廊下の人の声が聞こえなくなって、腕を強く掴みすぎたんじゃないか、そう思って手を離した。
名前ちゃんは不思議そうな顔をしている。
その目に自分しか写っていないと思うと、ぐっと心臓を掴まれたような思いだった。

手持ち無沙汰になった名前ちゃんはさっきしようとしたように、紙袋を腕から引き抜いてオレに差し出した。
中には例のCDが当然入っている。
正直CDなんてどうでもよかった。
このままじゃ名前ちゃんは戻ってしまう。
もっと名前ちゃんと一緒にいたい、その一心だった。

「名前ちゃん」

口から彼女の名前が滑り出た。
まずい、と思った。まだ下の名前で呼ぶような間柄じゃない。
動揺して、うまくごまかせない。
いつの間にか彼女の肩を掴んでいる自分にも気づいた。
とりあえず話を繋げようと思って、バンドのことを口に出した。
ファーストアルバムを持ってるんだ、長いファンなんだろう。そう思った。

「…あ、あんまり」

今度は名前ちゃんがまずい、と表情に浮かべた。
新開は名前ちゃんがこのバンドを好きだと言っていた。
だからこそCDも持っているのに。
ふと、名前ちゃんはオレのことを好きだと言っていたというのを思い出す。
それと同じなんじゃないのか、そう思った。
名前ちゃんはこのバンドもオレのことも好きじゃない。
だからなんだって言うんだ、今はそれでいい。
名前ちゃんがこのバンドを好きじゃなくても、オレがここまでこじつけたのは名前ちゃんがこのバンドを好きな振りをしていたからだし、そもそもオレが名前ちゃんを知って、好きになったのも名前ちゃんがオレのことを好きな振りをしていたからだ。
それでいい、今は嘘でいいんだ。
隼人、やっぱりオレの勘違いじゃなかったぞ。
名前ちゃんはオレの好きじゃない。
だからなんなんだ。

「名字さん、好きだ。」

オレにそう言われて顔が赤くなるってことは、脈がないわけじゃないんだろう?
期待してもいいんだな。


眠れる森の美形、東堂尽八の本気を見せてやろう。
今は嘘でいい、だからオレのことを好きになってくれ。




131206




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