私は嘘つきだ。
特に好きでもないものを好きだと言ってしまう。
その癖に気づいたのは中学三年生のとき、友達の間ではやっているバンドのライブチケットを私一人が取れた時だった。
よかったね、名前。羨ましい。
友達の声と財布から出た5000円がただただ痛かった。
その時私はそのバンドのことなんかどうでもよくて、心底私は嘘つきな人間だと知った。

そして高校3年生になった今、私はやっぱり嘘つきだった。
名前は好きな人がいるの?なんて聞かれて、好きでもない人の名前をあげた。
妙な人の名前を出すと無駄にくっつけようとしてくるから、すごくもてて手が出せないくらいの人の名前をあげた。
やっぱり名前も東堂君好きなんだ、かっこいいよねと笑った友達の顔が見れない。
同じく人気者の彼のファンだという友達に付き添って何度もレースに行った。
東堂くんには興味も湧かなかったけど、レース自体は面白くて、小さな楽しみの一つになった。
それでもファンの集団にいる内は頂上を獲った東堂くんを見て歓喜した友達に、私も同調した。
視線とキメポーズをプレゼントしている彼に揺れる集団の中、彼と目があった気がして視線を伏せた。
隣の友達は「目があった!」なんてかわいい声をあげている。
私その頃追い上げてきた福富くんの走りに少し胸を踊らせていた。





「名字さん、ちょっといいかね」

みんなの人気者、私の好きな人ということになっている東堂くんと話したのはこれが初めてだった。
彼と同じ自転車競技部の荒北くんがいるからたまにうちのクラスに来るけれど、それはやっぱり全部荒北くんに用事があって、その日初めて彼は別の人の名前を呼んだ。
人気者のご指名だ、教室がざわつく。
荒北くんをちらりと盗み見ると興味なさそうに肘をついていた。

名前、どうしたの?と東堂くんファンの友達から背中を押される。
本当に東堂くんが好きなのはこの子なのに、どうして私が呼ばれているんだ。
チケットが当たった時のあの子の視線を思い出す。
ドアの近くにいる東堂くんを無視するわけにもいかないので、私は重い足取りで彼の元へと寄った。
距離は1mもない。近い、そう感じる。
レースと、たまに廊下で見るくらいだったのに、なんでいまこんな場所にいるんだろう。

「名字さん、×××を持っているね?」
「…はい」

自然と敬語になってしまった。
×××は私があの日ライブチケットを手に入れてしまったバンドのファーストアルバムだった。
もう随分開いていないから、CDラックでほこりをかぶっているだろう。
東堂くんの要件は、それを貸して欲しいとのことだった。

「いいけど、うん」
「本当か?ありがとう名字さん!じゃあ明日取りに来てもいいかね」
「う、うん」

嬉しそうににっこりきらきらした笑顔を浮かべる東堂くんがわからなかった。
あのバンドのファーストアルバム、発売した頃はまだマイナーだったけれど、今はそれなりに人気がある。
だから私以外の、それこそ東堂くんに積極的に話しかけに行くようなファンの女の子たちの中に一人くらい持ってる子がいてもおかしくないのに。
何か重いものがお腹に残された気分だった。

家へ帰って、CDラックを見た。
案の定それはほこりをかぶっている。
ジャケットを見ると、そういえば1年の頃に同じクラスだった新開くんに貸したな、というのを思い出した。
貸したあとやけにお気に召していたようだし、もしかしたら今新開くんが東堂くんにオススメしたのかもしれない。
それで、私が持っているのを知ったのかも。

なんとなく久々に聴きたくなって、音楽プレーヤーで再生した。
もともと好みだったわけじゃないけど、何度も聴いていたら覚えてしまうし、愛着も湧く。
パソコンの中に取り込んであるから、わざわざCDを取り出さなくても再生できる。
手軽になったものだなあとCDを小さい紙袋に入れてスクールバッグの横に置いた。




次の日、東堂くんは朝のホームルーム前に取りに来た。
朝練の後だったのか、うっすら汗をかいている。
おつかれさまと言うと満足げに前髪に触れた。

「それで、CDなんだけど」
「ああそうだ。ちょっと待って…いや、場所を変えないか。」

とっととCDを渡して立ち去りたい。
そう思っていたのに、東堂くんは移動しようと言ってきた。
何か言う前に手首を掴まれて、ずんずん廊下を進んで行く。
人に見られる、嫌だなあ、目立つのは苦手だ。

窓もなく蛍光灯もつけられていない、教室から程遠い階段の踊り場まで来て東堂くんは足を止めた。
手を離してから、すまんねと呟いて、私の目を見た。

「…えと、これ、CD」
「ああ、ありがとう。」

紙袋越しに東堂くんは優しくCDを受け取った。
昨日はあんなに嬉しそうだったのに、今日はそうでもないんだな。
紙袋から手を離して、教室に戻ろうと足を一歩後ろへ動かす。
が、それ以上進めなくて、東堂くんに肩を掴まれているんだと気づいた。
男の子と付き合ったことのない、ろくに人に好きだと言ったこともない私からしたらこういうのは心臓に悪い。
相手は人気者で、かっこよくて、綺麗で、素敵な人だ。
いい意味でも悪い意味でも胸が鳴った。

「名前ちゃん」
「え、」
「あ、いや、違う、」

下の名前で呼ばれた。なんで?
小さな声で謝る東堂くんからはいつもの自信が感じられない。
やってしまったという風に目を伏せる東堂くんは、いつもの私のようだった。

「名字さんは、このバンドが好きなのか」
「…あ、あんまり」

つい正直に言ってしまった。
え、と見上げた東堂くんの不思議そうな目と合う。
そりゃそうだ、ファーストアルバムを貸しておいて、『あんまり好きじゃない』なんて。
変だ、私。いつもは嘘をつくのに、東堂君の前じゃまるでつけない。

「…じゃあ、オレのことを好きってのも、やっぱり嘘か?」

え?
今度は私が目を丸くする番だった。
あたりは薄暗いのに、東堂くんの顔はかすかに赤い。
でもそれ以上に、私の顔は赤いだろうと思った。
東堂くんはなんで私が東堂くんのことを好きってことになってるのを知ってるんだろう。
嘘か?ともう一度確認するように聞いてくる東堂くんに頷いてしまった。
ずるずると東堂くんの腕が肩から私の二の腕に降りるように移動した。

「やっぱりな」
「え、あの」
「オレの勘違いじゃなかった。」
「勘違い?」

意味がわかんない。話も読めない。
私が東堂くんのことが好きじゃないことが本人にばれた。
好きじゃないといっても、別に嫌いって意味じゃないから本当は気まずくはないはずだ。
むしろ好きだってバレる方が気まずいはずなのに。

「名字さん」
「な、なに」
「オレはな、好きだよ」

何を?バンドの話?
そんなことを聞き返せる空気ではない、彼の赤い顔がそんなことさせてくれなかった。
二の腕を掴まれたまま、一歩近づいて、私は一歩離れた。
綺麗な顔に見つめられて、ドキドキする。
私東堂くんのこと別に好きじゃないのに、男の子に免疫がないとこんなことも耐えられない。
ぴた、と背骨と冷たい壁がひっついた。
ひやっとする、足元からぞくぞくと冷えが襲ってきて、たまらなくなった。

「名字さん、好きだ。名字さんが好きじゃなくても、オレは」

だから、嘘じゃなくてオレを好きになってくれないか。
それに重なるようにしてチャイムがなった。
ホームルームが始まる。
チャイム、と場面外れたことを言うと「鳴ってしまったな」と穏やかに笑われる。
さっきのぞくぞくはもうない。
急ごう、と手を引かれて教室の前まで戻ってきた。
廊下に人はいなくなったけど、各教室から視線が刺さる。
廊下を歩いているのは私たち二人だけだからさっきの数倍の視線だ。
それでも全然気にならなくて、心臓の鼓動だけがうるさい。
私の教室の前までくると東堂くんは手を離して「CDありがとう」とだけ言って走って行った。



131205




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